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~レクイエムの大迷宮 地下6階~ 『それじゃあ何か?オレ達にお前さんの探し物とやらを手伝え、と言う訳かい?』 「マ、結果的にはそうなるね」 ツェペリ男爵と名乗った男から詳しい事情を聞き終えた時、開口一番に口を開いたのは不満げな態度を隠そうともしないデルフリンガーだった。先程ツェペリにしてやられたばかりの噴上裕也は未だに仏頂面を浮かべたまま、タバサはいつも通りのぼんやりした無表情でツェペリの話を聞いていた。 お互いに敵意が無いことを確認した一同は、まずタバサ以外の満場一致で彼女を休ませることにした。 誰もが先程のハイウェイスターや運命の車輪との戦いによる消耗が激しいタバサを無理させたくはなかったと考えていたし、特に今まで散々ハイウェスターをけし掛けて来た張本人である噴上裕也は自責の念もあった為か、この場にいる誰よりも強くタバサの休養を主張していた。 その為に、今の所は新しい敵の気配が感じられないこの階層を動かぬまま、皆でツェペリの話を聞くことになったのだった。 「エイジャの赤石……か。聞いたことだけはあるな。 確か仗助のオヤジが昔、そいつを巡ってスゲェ化け物と戦ったとか何とか……」 昔プレイしたテレビゲームのストーリーを思い出すような気分で、噴上裕也が言った。 彼らの世界における吸血鬼を生み出す為の秘宝、古代の時代に作られた石仮面―― それを作った男達が、より遥かなる高みを目指して求めた物がエイジャの赤石だった。 赤石と石仮面が合わさった時、「柱の男」と呼ばれた彼らは天敵である太陽の光をも克服した究極の生命体となれる。噴上裕也はとある友人の父親から、そんな話を冗談半分に聞かされたのを思い出していた。 「そう、エイジャの赤石……私が“死んだ”時にはそんな物まであるとは思いも寄らなかったがね。 だが偶然にも、私はこの世界でその存在を知り、それがこの大迷宮の最深部にあることを知ってしまった。知ってしまった以上、私は赤石を探しに行かねばならない。 そして私は、それを永遠に封印せねばならんのだ……」 グラスに注いだワインを口に含めながら、ツェペリは半分独り言のような口調でそう言った。 『フム……目的の場所が同じだから協力して先に進もうって話……それ自体はまァ、いいだろう。 だがツェペリの旦那。アンタはまだ、オレ達に言ってないことがあるぜ?』 「何かな、デルフ君」 『何だって、お前さんがその赤石とやらを欲しがるか……その理由をオレ達はまだ聞いちゃいねぇ。 その辺についてハッキリと聞かねー限りは、まだアンタを信用する訳にゃあいかねーな』 「――フム」 口こそ開かなかった物の、今のデルフリンガー言葉と同意見とでも言いたげな態度で、噴上裕也もツェペリの顔を厳しい表情で睨みつける。対してツェペリは、大して動じた様子も見せずに、再びワイングラスを傾けて中に注がれた液体を少しずつ飲み干して行く。 「…………吸血鬼」 三者の生み出す微妙な緊張感を打ち破ったのは、タバサのその一言だった。 ツェペリから分けて貰ったサンドイッチを頬張りながら、タバサはツェペリの弟子、ジョナサン・ジョースターの記憶を封印したDISCの内容を一つ一つ思い出すように言葉を続ける。 「吸血鬼を増やさない為……石仮面に…力を与えない為……?」 「――そうだ。タバサ、君の言う通りだ」 ワイングラスを脇に置いて、何時になく神妙な顔でツェペリは頷いた。 「私は若い頃、世界中を旅する船乗りだった。私はとある探検隊の一員として、世界のありとあらゆる場所を旅して来た。遺跡発掘隊の隊長である父と一緒にな。そして幾度目かの探検の中で 発見したのが、吸血鬼を生み出す石仮面だった。 あの頃はまだ、そのルーツまではわからなかったがね。 そして……石仮面を船に積み込んで本国へと持ち帰る最中に、その事件は起こってしまった」 『――石仮面を被って、吸血鬼になっちまった奴がいた。そうだな?』 「そう。君の言う通りだ、デルフ君」 デルフリンガーの言葉に答えて、ツェペリはその唇を強く噛み締めながら続ける。 「その吸血鬼によって、私を除いて船の乗組員達は全滅した。 ある者は血肉を食い尽くされ、またある者は血を吸われてその身を屍生人(グール)に変えられてな…… 私は辛うじて、今まさに沈もうとしていた船から脱出出来た。そして、私は見てしまったのだ…… 私を追って、天敵である太陽の光をその身を浴びて、崩れ落ちて行く吸血鬼の姿を……」 ツェペリの噛み締めた唇から、一筋の赤い血が流れ出す。 「その吸血鬼の顔は発掘隊の隊長……私の父だったのだ……」 そして彼は、これ以上は無いと言う程の無念と絶望を口に乗せて、言った。 「その後、あるきっかけで仙道の存在を知った私は、長年の修行の末についに波紋法を体得した…… 失われた石仮面を破壊し、人間の世界に二度と吸血鬼が現れぬようにな。 そして私は、同じように石仮面と関わったジョナサン・ジョースターという青年に波紋法を教えた。再び姿を現した石仮面を破壊すべく、彼と共に新たに生まれた吸血鬼を倒そうとしたのだが…… 私は結局、それを果たせぬままに死んでしまったのだ。私の遺志をジョナサンに託して、な」 そこでツェペリは言葉を区切って、先程から黙って話を聞いているタバサに顔を向ける。 「タバサ。君はこの世界が生み出したDISCによって、ジョナサンの記憶を読んだらしいね。 だが私は、その話を聞かないでおくことにしよう。 我が最愛の弟子であり親友であるジョジョは、私だけでない大勢の人々の意思を受け継いであの邪悪な吸血鬼ディオを倒したのだと――そう信じているからね」 誇らしげに、そしてどこか悲しげな表情を浮かべながら、ツェペリは言う。 その様子を見て、もしかしたらツェペリはジョナサンの未来を知っているのかもしれないとタバサは 思った。ジョナサン・ジョースターは確かに、目の前のツェペリの遺志を受け継いで、吸血鬼と化した親友ディオ・ブランドーを倒した。だがジョナサンは新婚旅行へ向かう航海の最中、首だけの姿となって生き延びたディオに襲われ、最期には妻エリナを逃してディオと共に爆発する船の中へと消えたのだ…… 「……話が逸れてしまったな。ともあれ、私の目的は石仮面に纏わる全ての存在を闇へと葬り去ることだ。 例え私を含めたこの世界の全てが、過ぎ去ってしまった遠い過去の“記録”であろうともな…… そして石仮面の力に更なる“先”を与える赤石の存在を知った以上、それを見過ごす訳にはいかん。 何としてでも私自身の手で破壊したい――これが、私がエイジャの赤石を求める理由の全てだ」 まるで祈りを捧げるように語るツェペリの話を、タバサ達は黙って聞いていた。 彼と共に戦ったジョナサン・ジョースター、そしてその血統を受け継いだ戦士達が、ジョナサンと同様に邪悪な存在と戦い続けて来たことを、タバサはこの世界に来て断片的ではあるが知るようになっていた。 ジョースターの誇り高き血統。それは紛れも無く尊敬に値する物だとタバサは思う。 しかし彼らは決して、一人でその戦いに勝利して来た訳では無いのだ。 ジョースターの一族には常に仲間達がいた。その中には激しい戦いによって命を落とした者もいたが、彼らは皆、最後の時まで戦い抜き、そして残された者達に自らの意志を託して去って行った。 それこそが人を遥かなる高みへと導く「誇り」であり、更に未来へと受け継がねばならない「遺産」だ。 彼らが胸に抱いた光り輝く「黄金の精神」は、一人では決して掴めない物なのだ。 「誇り」とは血統のみを拠り所として与えられる物では無い。 タバサは父と母から受け継いだ血を誇りに思っているが、自分から全てを奪い去って行った憎むべき伯父一族の血族は、決して許すことは出来ない。 彼らの持つちっぽけな「誇り」など、絶対に認めてやる訳にはいかないのだ。 かつて、ハルケギニアでたった一人で戦い抜いて来た日々が間違っていたとは、タバサは思わない。 だが、今までずっと長い間、自分は孤独な戦いを続けて来たと言うタバサの考えは、間違いだった。 傷ついた母を守る為の戦いは、他でもないその母から受け継いだ命と心があればこそだ。 そしてトリステイン魔法学院で新たに生まれた友人達も、一度は彼らを裏切ってしまった自分を助ける為に、それこそ命を懸けて戦ってくれた。 もう自分は――いいや、最初からタバサは孤独などでは無かったのだ。 この異世界にやって来てからと言う物、タバサはそのことを深く実感するようになっていた。 孤独に耐えることは出来る。しかし全てを奪われて後に何も遺されないと言うのは、耐え難い苦痛だ。 自分には帰る場所があり、待っててくれる人達がいる。それは何よりも至福なのだとタバサは思う。 何よりも、今だってタバサには大勢の仲間がいる。ハルケギニアから一緒にやって来たデルフリンガーが共に元の世界に戻る為に力を貸してくれているし、この世界で出会ったエコーズAct.3等DISCのスタンド達や、あのトリステイン魔法学院の“記録”としてこの世界に存在するシエスタ、敵として出会ったにも関わらず、今ここで隣に座っている噴上裕也たってそうだ。 タバサの知る限り、ツェペリがジョースターの血統に与えた「誇り」は真に尊きものだった。 そんな彼が語ってくれた言葉を、タバサは今、信じてもいいと考えていた。 「…………わかった」 長らくの沈黙の後に、タバサは小さな、しかしはっきりとした声で呟いた。 「あなたと、一緒に行く」 「――そうか。信じてくれてありがとう、タバサ」 タバサの言葉に、ツェペリは心の底から頭を下げるように、そう感謝の言葉を述べた。 彼女のその一言を切欠として、先程までツェペリに対して疑惑の感情を投げ掛けていたデルフリンガーと噴上裕也も、観念したかのようにふぅ、と大きな息を付いて後に続く。 『……しゃーねーな。タバサがそう言うなら……ってのもあるけどよ。 そんな話を聞かされちゃあ、見て見ぬフリをすんのも寝覚めが悪くてしゃーねーや』 「だな。これでまだアンタを信用しなかったら、幾ら何でもカッコ悪いどころの話じゃねーぜ」 そして噴上裕也は、何処かすっきりしたようなその表情をタバサの方に向けて、言葉を続ける。 「タバサ。何処まで力になれるかわかんねーが、俺もアンタに付き合うよ。 そこの剣野郎の台詞じゃねーが、あんたらをここで放ったかしにすんのはマジで寝覚めが悪いしな」 『ほー、こりゃおでれーた。敵のクセにそんなコトを言って来た奴はお前さんが始めてだぜ』 「うるせーな、俺は誰だろうと一度受けた恩は絶対に返す主義なんだよ」 驚き半分、呆れ半分の口調で口を挟んで来るデルフリンガーに、噴上裕也が憮然とした表情で言い返す。 「それに、女にゃ出来るだけ優しくしとけっつーのも、俺のポリシーの一つでな。 第一、こんなチビを出会ったばかりの胡散臭ぇオッサンと二人っきりになんざしておけるか」 「ははは。いや、なんか、酷い言われようだねえ」 まるで気にした素振りも見せずに笑うツェペリを無視して、お互いに睨み合うデルフリンガーと噴上裕也は次第に語気を強めて行く。 『まあ別に付いて来んのは構わねぇが……その前に一つだけ言っとくぜ。 これから先、タバサにちょっかい出そうとか下手なコト考えんじゃねーぞ。 もしそんな真似しやがったら、このオレがテメエを真っ二つに叩き斬ってやるぜ! こんな話がキュルケの奴にバレでもしたら、オラぁ消し炭にされても文句は言えねーしな』 「何言ってやがる!誰がこんなチビなんぞに手なんぞ出すかよ! そもそも、ちゃーんと元の世界に俺のことをいつも元気付けてくれる女共がいるからなァ。 皆バカだけどよォー、あいつらのコトを放ったままじゃあ流石の俺でもそんな気分になりゃしねーよ!」 『そーかいそーかい。それだったら安心……とはまだ言えねェな! 女に優しくする奴は大概女を泣かすって相場が決まってるからな!相棒を見てりゃよーくわかるぜ』 「アホか!剣のクセに一体何処からそんな話を聞いて来やがったんだ、このなまくら刀ッ!」 『なまくらじゃねー!このボロい見た目は単なるカムフラージュだ! 六千年間生きて来た俺様の能力を舐めるんじゃねえぞ!』 「そんな大昔に作られたんなら充分ボロだろうが!吸血鬼なんてレベルじゃねーぞ、オイ!」 「……フフフ、賑やかな連中だ。これは想像以上に楽しい旅になるかもしれんな」 騒ぎ立てる一人と一本の声を楽しそうに聞きながら、ツェペリは再びワイングラスの中身を一口呷る。 タバサはそんなツェペリに近付いて、彼の耳に届くぐらいの大きさで言う。 「……ツェペリさん」 「うん?何かな、タバサ」 「どうして…知ってたの?」 「ム?」 「私のことを…どうして知ってたの?」 それは今までの会話で、ついに明らかにならなかった疑問だった。 先程ツェペリと初めて出会った時、最初から彼はタバサのことを知っているような素振りを見せていた。 確かに自分はジョナサンのDISCを通じて、断片的ではあるがツェペリのことを知っていた。 だが逆に、ツェペリが自分のことを知る機会など殆ど無い筈だとタバサは考えていた。 あのゼロのルイズのDISCがこの大迷宮の中に落ちていたように、もしかしたら自分の記憶を封じたDISCも存在しており、その内容をツェペリが見たと言う可能性もゼロでは無いだろう。だがそう考えるにせよ、やはりツェペリが最初からタバサに敵意を見せずに、逆に「自分の安全を保証する」と言い切ったことに対しての違和感を払拭するには、説明不足としか言いようが無かった。 「そうか…そう言えばまだ説明してなかったかな――要るかね?」 言いながら、ツェペリは懐から新しいサンドイッチの包み紙を取り出して、それをタバサに差し出す。 タバサは小さく頷いて、肉や野菜がたっぷり挟み込まれたそのサンドイッチを受け取った。 「私がこの大迷宮に来る少し前に、ある少女と会ったのだよ。 その娘から君とデルフ君の話を聞いてね、もし君達と会うことがあったら力を貸してくれと言われたのさ」 「…………」 「だからこそ私はこうして彼女から言われた通りに、君達へ同行を申し込んだと言う訳さ。 正直に言って、私も一人でこの大迷宮を潜るのは、少々骨が折れそうだと考えていたからね」 軽く肩を竦めて、ツェペリは既に空になっていたワイングラスを掌で弄ぶ。 「………シエスタ」 殆ど考えることなく、タバサはその少女の名前を口に出していた。 レクイエムの大迷宮に挑む前に訪れたトリステイン魔法学院の学生寮の部屋、その“記録”が形として実体化した場所で再会したメイドの少女。それはタバサも良く知っている彼女本人では無かったが、戦いで傷付いたタバサを暖かく迎え入れてくれたシエスタの優しさは、この世界に迷い込んだタバサの胸を強く打ったものだ。 今、ツェペリが言う条件に該当する少女は、その彼女一人しか考えられなかった。 「そう、確かそんな名前だったかな。あの黒い髪と瞳は東洋人の血が混じっているのかもしれんな…… ともあれ私がここに来る前にも、随分と君のことを心配していたよ。 実を言うと、私が持ってるサンドイッチも彼女に作って貰った物なんだよ。 いやあ、実に美味かった。あんなに美味いサンドイッチを食った経験は、私もそうそう無いね」 「…………」 タバサはそれ以上は返さずに、ツェペリから手渡されたサンドイッチを一口噛み千切る。 パンと具材の豊かな味、そしてその調和を取る為に適度な量を含んだソースがタバサの口内へと広がって行く。やはりシエスタは料理上手だ。その事実に感心し、またそれを羨ましく思うと共に、タバサは学生寮の部屋で別れて久しい彼女のことを思い出す。 自分の身を案じ、こうまで気遣ってくれる彼女のその優しさが、なんと心地良いことだろう。 例えそれが“この世界の”シエスタが自分の与えられた役割を忠実にこなしているだけだとしても、 それでもタバサは彼女に深い感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。 それと共に、ハルケギニアで別れたきりの“本当の”彼女は今、何をしているのだろうと思い出す。 やはりトリステイン魔法学院で日々の労働に一生懸命勤しみながら、主人であるゼロのルイズに与えられた任務に付き合わされた平賀才人のことを心配しているのだろう。直接面と向かって話す機会はそれ程多くは無かったが、ある時タバサがケーキ作りを始めた時なども、嫌な顔ひとつせずに作り方を丁寧に教えてくれた物だ。もし元の世界に帰れたら、シエスタに会ってもう少し色々なことを話してみよう。 彼女が作ってくれたと言うサンドイッチの味を噛み締めながら、タバサは改めてその決意を固める。 『――妙手搦め手も結構だが、最後に物を言うのはやっぱパワーだぜ! 圧倒的なパワーと汎用性のある能力!これこそが個人戦闘のキモって奴だろーが』 「剣野郎にキモもクソもあるか!大体、一人一人の能力全部がバラバラなスタンド使い相手に 毎度毎度真っ向勝負なんぞ挑んでられるかよ! 相手のスタンドを使わせる前に潰せりゃベストだが、それが無理ならせめて相手をハメて こっちに有利な状況を作っとかねーと、命が幾つあっても足りゃーしねえんだよ!」 お互いに熱い口調で続いているデルフリンガーと噴上裕也の応酬は未だに終わりそうに無い。 タバサはそれを見てクラスメイトであるルイズとキュルケと言う友人二人の喧嘩を懐かしく思いながら、もう暫くの間はシエスタの作ってくれたサンドイッチの味を深く噛み締めることにした。 ~レクイエムの大迷宮 地下8階~ 同行を約束してくれたツェペリと噴上裕也は、タバサにとって心強い味方となっていた。 ツェペリが長年研鑽を重ねた波紋法は生半可な敵を寄せ付けなかったし、噴上裕也の発達した嗅覚とハイウェイスターのスピードは、敵に先手を打たせることなく終始こちらのペースに引き込むことが出来た。 またタバサ自身も、彼らとの探索によって新しいDISCやアイテムを次々に確保して行った。 そして今また、タバサ達は目の前に立ち塞がる新たな敵に対し、三人で力を合わせて立ち向かっていた。 「聞こえなかったかァ~?俺の「黄の節制(イエローテンパランス)」に弱点はねぇんだよォォォ! テメーらの肉を!ブヂュブブヂュル潰して引き摺り込み!ジャムにしてくれるぜェーーーッ!!」 肉の塊を操るイエローテンパランスのスタンドを操るラバーソウルが、勝ち誇った笑いを上げながら 全身に着込んだ肉の塊の一部をタバサと噴上裕也に向けて撃ち込んで来る。 「……クレイジー・ダイヤモンド!」 「避けろッ!ハイウェイスター!」 タバサは装備DISCによって発現させたクレイジー・ダイヤモンドの拳で肉塊を自分の体に付着しないように叩き落し、ラバーソウルから距離を置いていた噴上裕也は時速60kmの超スピードで以ってハイウェイスターを回避させる。 イエローテンパランスによって操られるその肉塊はラバーソウルを守る鎧としての役割だけで無く、取り付いた人間の肉を食らい尽くし、自分の一部として吸収することも出来る。 それはまさに「力を吸い取る鎧」であると共に「攻撃する防御壁」。 勝ち誇るラバーソウルの言葉はコケ脅しでも何でも無い。 彼の言う通りに、イエローテンパランスは攻防を兼ねた万能のスタンドに思えた。 だが、既にタバサ達は理解している。 例えどれだけ無敵に見えるスタンドであろうと、それを扱うスタンド使いが存在する以上、必ず何処かに付け入る隙がある。敵と、そして己自身のスタンドの特性やその限界を見極めれば自ずと突破口は開ける。それがスタンド使い同士の戦闘の基本だ。 タバサは噴上裕也と目配せをしてから、肉の鎧を着込んだラバーソウルに向けて両手を突き付ける。 「フー・ファイターズ!」 射撃用DISCに刻み込まれた能力によって、タバサの指からプランクトンの弾丸が撃ち出される。 「弱点はねーといっとるだろーが、人の話きいてんのかァァァァこの田ゴ作がァーーー!!」 距離を置いて撃ち込まれたプランクトンの弾丸が、ラバーソウルが纏う肉の塊に吸収されて行く。 そしてお返しとばかりに、先程と同様にラバーソウルは全身から肉の塊をタバサに向けて発射する。 タバサは再びクレイジー・Dを展開し、飛来して来た肉塊を弾き飛ばそうとする。 「…………っ!」 飛んで来る肉塊の動きは直線的ではあるが、早い。 その内の一つを跳ね飛ばしきれずに、タバサは右肩に肉塊を一つ食い付かせてしまう。 彼女に食らい付いた肉塊は、そのまま彼女の着ていた服を溶かし、タバサの白く柔らかい肩の肉を取り込んで少しずつ膨れ上がって行く。灼かれるような痛みが、彼女の右肩を通じて全身に走る。 「う……!うぅっ…!」 「テメェみてーなチビの肉なんぞ食った所で、大した量にはならねーだろうがなァ! だがッ!そんなチンケなスタンドで散々この俺様をコケにしてくれた礼はたァーップリしてやるぜェ~。 死ぬ前にようやくこのイエローテンパランスの恐ろしさが理解出来たかァ? ドゥー!?ユゥー!?アンダスタァァァァンンンンドゥ!?」 「ああ…よォく理解出来たぜ?テメーの無敵のスタンドがブッ倒される瞬間ってヤツをよォ~」 「何ィ!?」 タバサの攻撃に気を取られている内に、ラバーソウルの背後に回り込んでいたハイウェイスターが、勝ち誇った高笑いを上げるラバーソウルの頭部に向けてその拳を叩き込む。 だが、その拳も肉の鎧に塞がれて、本体のラバーソウルにまではダメージが通らない。 「バカが……そんな下らねぇ攻撃でよぉ? まだ俺のイエローテンパランスをどうにか出来ると思ってんのかァ?このタマナシヘナチンがァー!!」 「思っているさ。その肉襦袢がよォー、ブチュブチュ動いてるってことはよォ~…… そいつの中には動く為の「養分」がたっぷり詰まってるってコトだよなぁぁぁぁッ!!」 噴上裕也の咆哮と共に、ハイウェイスターはイエローテンパランスによって操られる肉塊の養分を我が物とするべく、肉の鎧に埋め込んだ拳を通してその養分を全身に吸収して行く。 「何ィィィィッ!?」 ハイウェイスターに養分を吸われた部分から、次々に肉塊が「壊死」してボロボロと崩れて落ちて行く。 「ま……まさかテメエのスタンドにこんな能力があったとはな……! だがッ!依然テメエが甘ちゃんなのは変わらねえなァ!肉のエネルギーが全部吸われちまう前にッ! 逆にテメエをイエローテンパランスで食い尽くしちまえば全て終わりだからなぁぁぁッ!!」 「ああ……そうだろうな。だがそれも、そこまでテメエが無事だったらの話だよなァ?」 「何だとォ……ハッ!?」 再びラバーソウルを覆う肉の塊がゴソリと崩れ落ちて、彼の体の一部分が外に露出する。 その場所は彼にとって自慢のハンサム顔。人間とって思考と肉体の中心である頭部そのもの。 今、ラバーソウルは最も優先して守らねばならない場所の一つを、敵の前に堂々と晒していたのだ。 「何イイイィィィィィーーーーーッ!!?」 肩の肉を食われているせいで動かなくなった右腕をだらりと垂らしたタバサが、そんなダメージなど お構いなしと言う態度で顔面を露出させたラバーソウルに駆け出して来る。 そして彼女の背後には、既にDISCの力によってクレイジー・Dのスタンドが再びその姿を現している。 「ハハッ……!じょ……冗談!冗談だってばさあハハハハハ!! きゅいきゅい!お肉食べたいの~!だなんて……ちょ…ちょっとしたチャメッ気だよォ~~ん!」 無表情で走って来るタバサに向けて、ラバーソウルは今まで生きて来た中で最高の笑顔を浮かべようとする。だがあまりの緊張によって顔の筋肉は激しく痙攣し、底抜けに明るく出そうと思った声も完全に裏返っており、さながら粘土をメチャクチャに引っ繰り返したように歪みきった表情になっている。 「た、他愛のないジョークさぁ!やだなあ!もう~!本気にした? ま……まさか……これから思いっ切りブン殴ったりなんてしないよね…………? 重症患者だよ鼻も折れちゃうしアゴ骨も針金でつながなくちゃあ!ハハハハハ、ハハハハハ……!!」 「クレイジー……ダイヤモンド!!」 ドラララララララララララァーーーッ!! 哀れ過ぎて何も言えない。そうとでも言うかのように、タバサはラバーソウルの言葉に一切耳を傾けず、 彼の自慢のハンサム顔に向けてクレイジー・Dの拳を叩き込み、そのまま終わりの無いラッシュへと繋げて行く。 「ブギャアアアァァァァア~~~~~~!!!!」 ラバーソウルの悲鳴と共に、やがて彼が身に纏っていた肉の鎧が力を失ってその場へと崩れ落ちて 行く。同時に、タバサの右肩に張り付いていた肉塊もその動きを止めて、ボトリと地面に落ちる。 それはラバーソウルがスタンドを操作する為に必要な戦意や精神力を失ったと言う証明だった。 ドラァッ!! 「ブゲェッ!」 最後にタバサは、トドメとばかりにラバーソウルの顔面へクレイジー・Dの右の拳を打ち込んでやる。 潰された蛙のような声を上げて彼の体が吹っ飛んで行き、やがてその姿がスッと消え去って行く。 それは単なる“記録”に過ぎないこの世界の住人が、“死んだ”時に迎える運命だった。 ラバーソウル&「黄の節制(イエローテンパランス)」、再起不能(リタイア)。 「……ううっ…!」 「タバサ…!」 緊張が途切れた為か、そこでようやく肩を抑えて痛みを堪えるタバサの体を噴上裕也が優しく支える。 イエローテンパランスの肉塊に食い破られた跡からは右肩の筋肉が剥き出しとなって見えており、そこから溢れ出る紅の血が、彼女の身体を覆う白い制服の肩から右腕に掛けて染み広がっている。 傷自体は致命傷では無さそうだったが、噴上裕也は寧ろ、彼女のそんな痛々しい姿を見せられる方が耐えられなかった。 女を痛め付ける奴は最低のクズ野郎だ。 噴上裕也の胸の内に、自分の住む町に潜伏していた、女の手首に異常な執着を見せる殺人鬼の話を聞いた時の憤りが蘇って来るようだった。 「大丈夫か、タバサ」 「………平気」 痛む右肩を出来る限り動かさないようにしつつ、タバサは姿勢を整えて懐からアイテムを一つ取り出す。 それは糸で作られたゾンビの馬だった。原理は不明だが、この糸で傷口を縫合すると傷が早く癒えると言う効用があるらしい。 「クレイジー…ダイヤモン――」 「待て、タバサ。俺がやってやるよ」 右肩に広がる傷口を縫い付けるべく、スタンドを出そうとするタバサを噴上裕也が制止する。 「大丈夫……」 「そんなワケあるか。お前、さっきから右腕が全然動いてねーじゃねえか。 本当は動かすのも辛いんだろ? ホレ、早くその糸渡しな。あまり綺麗にゃ出来ねーかもしれねえけどよ」 「……わかった」 根負けしたように頷いて、タバサは左手に持った噴上裕也にゾンビ馬を手渡す。 ゾンビ馬を受け取った噴上裕也は、糸の腹を咥えながら慎重な動作でタバサの体に糸を通して行く。 「うっ…!」 「痛むか?すまねえな、だがもうちょっとばかり我慢してくれよ、タバサ」 「うん……ぁうっ!くぅ…うっ…」 『おいおいフンガミよぉ、もうちっと優しく出来ねえのかよ?タバサの奴、随分と痛がってるじゃねーか』 唇を噛み締めて肩口に走る激痛に耐えるタバサを見かねて、デルフリンガーが遠慮がちに言って来る。 「無茶言うなよデル助。傷口が開いてる以上、どっちみち痛むのは変わんねーんだ」 噴上裕也は応急処置の手を止めないまま、デルフリンガーに向かって答える。 「俺も交通事故で入院したことがあるけどよ、そん時は包帯一つ巻き直すのだってスゲー痛かったからな。 ま、あん時は逆に俺の方が女共に面倒を見て貰う側だったんだがな」 そんな自分が、今こうしてタバサの手当てをしているのも妙な気分だった。 だが、決して悪い気分では無かった。自分に妹でもいたらこんな感じなのだろうか、と噴上裕也は思う。 『クソッ……こんな時に水魔法の一つも使えりゃあ、苦労はねぇんだがな』 「魔法ねえ。俺にとっちゃ、そっちの方が余程ファンタジーやメルヘンな話なんだがな」 『何言ってんだい。こっちから見りゃあ、お前らのスタンドも大した違いは感じられねーぜ?』 「違えねぇ」 入院中に初めてスタンド能力に目覚めた時、確かに初めて魔法を発見したような気分になったものだ。 あの時の驚きと興奮、そして未知の力を得たことへの恐怖を思い出しながら、噴上裕也は素直に頷いた。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…… 第6話 戻る
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ヽ、/ ,  ̄  ̄ `ヽ、 / ` 、 / \ ,' l l | / | | T ̄ ̄ ト /  ̄Τ | l ヽ┬‐┤ヽ /┌‐┬| | ヽ ゝ- ' ,〒、 ゝ-' ノ / ヽ ミゝ ̄  ̄/ / ヽ ミ、 _ | / `ー` i イ´レ' r´ー,__,イ^ヽ /| /r ヘ l ヽ、 ,, '' ム' 〉ィ'` ! ` 、 l´ |||| } | |||| / ,' ', \ l. || / ,' ', `l || ' ,' ', ', | ,' ,' ', ', | ,' ,' 【タバサ(シャルロット・エレーヌ・オルレアン)】 属性:魔法使い・召喚士・工作員 特徴:無口 精神:意外とやる 関係:誰? 予定:アニマへ帰る 能力 【雪風】:風を中心とし、水や氷、雪などの魔法を得意とする。褐色貧乳ではない 【召喚:征竜:テンペスト】:風を纏う翼竜と契約しており、自在に呼び出せる。 【アンドラージ式召喚術】:本家アンドラージ式召喚術を収めている。 洗脳中 あなたは工作員兼冒険者であるが、真の顔は奴隷娼婦であり、自分を購入してくれる主人を求めている 金を渡されて購入されると購入者(やる夫)の専属奴隷娼婦として、自身の全てを喜んで捧げるようになる 改造1 【家畜】で【召喚:征竜:テンペスト】を【娼館:性竜-チンポスト-】に変更 嵐を纏う翼竜によって長距離の出張サービスを可能とする個人経営の娼館 その分料金はとてもお高いが、色々な割引等のサービスも存在しているらしい 特に自身の初物を買った相手には生涯をかけての様々なサービスが設定されていて 身請けを含めた全ての行為の99.99999999%割引サービスや 自身のあらゆる秘密を性的な拷問によって全て喋ってしまうプレイ等、一切のNG無しサービスとなる 備考 ドレイク船長の船で遭遇、船の護衛に雇われた冒険者 実はアンドラージの工作員で本来は貴族、タバサの名は偽名 本来の目的は氷結界と呼ばれるモンスターの捜索 貴族が工作員をしているのはモンスターを制御出来る可能性が普通の人より高いから
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~山岳地帯 地下10階~ 『もう見失わないッ!この小さいヤツを15秒以内に仕留めるッ!』 無作為に室内を動き回る弾丸中継のスタンド「マンハッタントランスファー」に 中継されたライフルの弾丸が、タバサ目掛けて飛来する。 「うっ……!!」 「ストーンフリー!オラァッ!!」 同時にタバサがライフルの弾丸に翻弄されている隙に、自らのスタンド「ストーンフリー」を 展開しつつジョリーン――空条徐倫がタバサに密着して来る。 タバサは攻撃用DISCのザ・ハンドで応戦しようとするが、精密動作の難しい ザ・ハンドでは、中々ジョリーンのストーンフリー相手に直撃を与えることが出来ない。 逆にジョリーンの側もザ・ハンドの一撃を警戒しているのか、その攻撃も タバサにダメージを与えると言うよりは、タバサの行動を封じて 致命的な隙を作る為の牽制に徹している風にも見える。 そしてタバサとジョリーンがお互いに膠着状態に陥っている間に、 マンハッタントランスファーが撃ち込んで来る弾丸が、絶妙な位置でジョリーンを避けて、タバサ一人を狙って降り注いで来る。 結果として、二人掛かりで攻め立てて来る敵に対して、一人で対処し続けるタバサの側は 消耗する一方であった。このままではジリ貧状態が続いたら、やがてどちらか一方に 完全に態勢をを崩され、その隙に残った片方からトドメの一撃を受けるのを待つばかりであろう。 ――どちらか片方さえ倒すことが出来れば。 今タバサの脳裏にあるのは、その考えだけだった。 実を言えば、距離を置いたマンハッタントランスファーをこちらのすぐ側に引き寄せる方法はある。 ザ・ハンドの能力を「発動」させ、自分とマンハッタントランスファーの間に 広がる空間を「削り取って」しまえば良いのだ。 だが、その手段は有り得ないとタバサは即座に却下する。 それは、ザ・ハンドのDISCを攻撃用DISCとして装備してしまっている為だった。 運の悪いことに、ザ・ハンドのコミックスによる強化も未だに出来てはいない。 今の段階でザ・ハンドの能力を発動させてしまっては、マンハッタントランスファーを 引き寄せた所でザ・ハンドのDISCは消滅、一撃で倒せるだけのダメージを与えきれずに マンハッタントランスファーには逃げられ、目の前のジョリーンから ストーンフリーのラッシュを受けて、自分一人が再起不能(リタイア)にされるだけだろう。 仮に、ザ・ハンドが強化されていて、一度の発動で力を使い果たさなかったとしても同じことだ。 ジョリーンのスタンド、ストーンフリーは細かな糸の束が集まって人の形を作っている。 それを応用して、ストーンフリーには傷ついた仲間の傷を縫合して癒すという使い方も出来る。 マンハッタントランスファーをタバサの側に引き寄せるということは、 彼女と密着しているジョリーンの手元にも移動させ、ストーンフリーによって 回復させるお膳立て整えてしまうということだ。ジョリーンかマンハッタントランスファー、最低でも どちらかを確実に無力化しない限り、この戦いに勝機は無いのだ。 タバサは決して、ザ・ハンドの他に装備用DISCを持っていないと言う訳では無い。 だが精密動作性を別にすれば、現在持っているDISCのどれもが ザ・ハンド程の高い攻撃力を持ち合わせておらず、今戦っている両者に 致命的なダメージを与えることは極めて難しいだろう。 そんなDISCをわざわざ持ち歩いているのも、DISCの能力発動を見込んでの事だ。 装備用としては貧弱でも、自らが置かれた状況とタイミングを見計らって 能力を発動させられれば、それはどんな強力な武器にも勝る。 王には王の、料理人には料理人の……そして恐らくハルケギニアの貴族や 彼らに使役される平民にも、各人に見合った個性や役割が与えられているのだろう。 既に今までの戦いで、タバサはそれを嫌と言う程思い知らされていた。 あのエコーズAct.3も、己を犠牲にしてまで、自分にそれを教えてくれたのでは無かったか。 「…………っ」 この窮地を逃れる術は必ずある。そして、その方法は恐らく―― タバサは自分の考えを信じて、銀色に輝く一枚の発動用DISCを取り出した。 「ホワイトスネイクの…DISC!?クッ、それを使わせる訳には……!」 ストーンフリーの勢いを強くするジョリーンに今は構わず、タバサはそのDISCを構え、そして―― 「承太郎のDISC…!」 自分とジョリーンから出来る限り離れた方向に向けて、タバサは力一杯そのDISCを放り投げた。 「あれは……父さんのDISCッ…!!」 そのDISCの正体が、かつて“本来の世界”で彼女の宿敵「ホワイトスネイク」の手によって、 自分の父親の記憶を封じ込められたDISCであることに気付いたジョリーンは、 目の前のタバサに構わずDISCに向かって駆け出して行く。 『何ッ…空条徐倫!?しかしその程度のことで我が「マンハッタントランスファー」の 逃げ道を塞いだと思っているのかァッ!』 マンハッタントランスファーを通して、本体のスタンド使いの意志がタバサにも聞こえた。 『照準点に変更無し!全身を確認、頭部に固定!発射(シュート)ッ!!』 「く……――ッ!」 タバサの頭部目掛けて撃ち込まれるライフルの弾丸を、体を捻ることで 辛うじて右肩で受けながらも、タバサは両腕を持ち上げて射撃用DISCの一枚を能力発動させる。 「エンペラー!」 タバサの意志に応じて、自由自在に室内を飛び回る銃弾型のスタンドが、 今度は逆にマンハッタントランスファー目掛けて猛然と疾駆する。 ジョリーンが自分に背を向けて離れて行っている以上、無作為に移動する マンハッタントランスファーをこの隙に、それも確実に仕留める為には、 使い手の意志によって弾丸の軌道を自在に変えられるエンペラーのDISCを使うのが最善の策。 ライフルの実弾とは違うスタンドパワーの塊を防ぐことが出来ずに、 マンハッタントランスファーは飛来したエンペラーの弾丸を回避出来ず、直撃を受ける。 『こ…こいつ…!いつの間に、これほどのDISCを……』 それが、マンハッタントランスファーの断末魔となった。 タバサは消滅して行くマンハッタントランスファーに構わず、承太郎のDISCを 追い掛けて行ったジョリーンの直線上の位置目掛けて走り出す。 承太郎のDISCを手に取っていたジョリーンが、タバサの様子に気付いて振り返るが、もう遅い。 「フー・ファイターズっ!!」 「ぐゥ……ッ!」 タバサの持つもう一方の射撃DISCから放たれるプランクトンの弾丸が、ジョリーンに命中。 ジョリーンが起き上がるより早く、タバサはジョリーンが倒れるまで、フー・ファイターズの弾丸を打ち 続ける。次から次へと放たれる弾丸の雨を受け続けた末に、ついにジョリーンの体が崩れ落ちる。 「……あのままあんたを攻め続けていれば、確かに倒せたかもしれない……。 だが!だが、それでも!父さんのDISCがそこにあるのだとしたら… あたしはそれを取りに行かない訳にはいかないだろう…!」 最後にタバサにそう言い残して、ジョリーンの姿をした“記録”は消滅して行った。 「……………」 タバサは無言で、ジョリーンが手にしていた承太郎のDISCを拾い上げる。 本来、このDISCの能力はスタンドの精密動作性を大幅に高めること。 だが少し前の階層で、同じように戦った別のジョリーンの“記録”が このDISCを守るようにしていたのをタバサは覚えていた。 もしかしたら。 このDISCは空条徐倫と言う人物にとって、とても大切な物なのでは無いかと思ったのだ。 例え命と引き換えにしても、惜しくは無いと思えるくらいに―― 「父様。……母様……」 ジョリーンは父、空条承太郎の為に自らの命を投げ打つ覚悟で戦った。 では自分はどうだろう?自分の父親は幼い頃に政治抗争の中で殺されてしまった。 母親は自分を庇って毒を飲み干した結果、正気を失い、今ではタバサのことすら 誰なのかを認識出来ず、昔自分が母にプレゼントした人形を “幼い娘のシャルロット”だと思い込んでいる。 父を、母を、両親の血が自分に流れていることを、タバサは今でも誇りに思っている。 だがガリア王国の王家という一族の名前は、今のタバサにとっては 憎悪と怨嗟で以ってのみ想起される存在でしか無い。貴族とは高貴で気高く、 また優れた知性と魔法の力によって人々を導いて行ける誇り高き者こそが 貴族と呼ばれるに相応しいのだと人々は語る。 ――冗談では無い、とタバサは思う。 名誉や栄光と言う名の虚栄心を守ることばかりに終始して、自分から 両親を永遠に奪い去った者達の誇りなど許されない、認めてやる訳にはいかないのだ。 人間が目指すべき黄金の精神とは、誇り高き血統とは、そんな所から来る物では無いはずだ。 本来なら「貴族」でも無ければハルケギニアで暮らす「平民」ですら無い、 「貴族」という存在がいない世界からやって来た平賀才人ですら、今では ゼロのルイズの使い魔であることに確かな「誇り」を抱いているに違いないだろうから。 自分も、ハルキゲニアに置き忘れてきた「誇り」を、取り戻さなくてはならない。 守らなければならない母の元へ帰る為に、トリステイン魔法学院の友人達と楽しい日々を送る為に。 「……私は、帰る」 いつものように小さな声で、しかし力強く宣言してから、タバサはゆっくりと歩き出した。 ~山岳地帯 地下11階~ 「んくっ……んっ…」 コップに注がれたキリマンジャロの雪解け水を飲み干しながら、タバサは手持ちのアイテムを確認する。 装備は攻撃用のザ・ハンド、防御用の強化済みイエローテンパランス、能力用のダークブルームーン。 射撃DISCのフー・ファイターズとエンペラー、ラバーズ、タワーオブグレー。 それ以外のDISCはデス・13とチリペッパー、エンプレス、ハーミットパープル、ペットショップ、 エンポリオのDISC。承太郎のDISCはこの階層に来た際に使ってしまったので、もう無くなっている。 そして体力回復用のモンモランシー特製ポーションに、今食べているはしばみ草のサラダ。 正直に言って、手持ちのアイテムは安心出来る程には数が多い訳では無い。 それでもタバサ自身が今までの戦いで経験を積んでいるということもあり、当面は何とかなるだろう。 しかし、突然この状況が変化したとしたら、どうなるだろう? その時になって、自分はこれまでのように切り抜けることが出来るのか? 先刻からタバサの胸の内に湧き上がっている漠然とした不安感は、 彼女がこの階層で新しく発見したDISCの発動に由来する。 『古からの死臭ただよう館に……迷い子が階段を下るとき! おのが自身はその正義を老婆と問い!しかるのちに残酷な死を迎えるであろう』 あのDISCは、確か「老師トンペティのDISC」と言う名前だったか。 自分がこの先訪れる階層について、予言という形で知ることが出来る能力らしい。 「……おばあさん?」 “階段を下りる迷い子”と言うのは、この異世界に入り込んだ自分のことに間違い無いだろう。 だが今までの階層で戦って来た敵の中に、老婆の敵はいない。 そして“古からの死臭が漂う館”という表現。これは恐らく、近い内に 今までとは全く違う敵と、古い館のような階層で戦うことになるという意味だろう。 ――覚悟を決めなくてはならない。 「覚悟」を抱いて己自身の内にある「恐怖」を退けてこそ、始めて勝利を手にすることが出来る。 例えどんな敵が現れたとしても、タバサには負ける訳にはいかない理由がある。 「む……っくん」 その為にタバサは、まず好物のはしばみ草のサラダを食べて万全の状態を作り上げることにした。 ~エンヤホテル 地下12階~ 「………当たった」 はしばみ草のサラダを食べてお腹一杯になったタバサが階段を降りた先は、古ぼけた建物の中。 なるほど、老師トンペティのDISCの予言は早速的中したと言う訳だ。 そしてあの予言は他にもまだ続きがあった。 予言が最後まで本当ならば、次にやって来るのは―― 「やあ~……いらっしゃい…」 違う。老婆では無かった。簡素な作りの衣服に身を包んで、子供を抱きかかえた女性だった。 「いい所ですねェ~…このホテル…あなたも泊まりに来たんですかぁ?」 そう言う女性の目の焦点はまるで合っておらず、本当にタバサの方を向いているのかすら疑わしい。 良く見ればその顔も、ニキビに塗れて膨れ上がり、ドス黒く変色している。 そして意識を周囲に向ければ、目の前の子連れの女性のように 異様に血色の悪い顔を不機嫌そうに向けた中年男性やら、全身に穴ボコが開いて 皮膚がチーズみたいになっている若い男などが、のろのろとした動きで―― しかし確実にタバサの方に向かってと近付いて来る。 「すみませんねェ~~…私ってば耳が遠い物で、何を言われてるんだか……」 「ザ・ハンドっ!!」 ガォン!! タバサは攻撃用に装備したDISCのスタンドの一撃を子連れの女性に叩き込む。 触れた者全てを消し去るザ・ハンドの右手に全身の大部分を削り取られ、 残った子連れの女性の体がくるくると部屋の中を転がり、やがて消滅する。 ――こいつらは、死者だ。 今まで戦って来た人々の“記録”とも違う、ただ動き回っているだけの死体。 タバサは迷うことなく、近寄ってくる亡者の群れに対して攻撃を加える。 「フー・ファイターズ!」 射撃DISCによってタバサの指から発射される プランクトンの弾丸が、更に姿を現してきた死体の幾つかを吹っ飛ばす。 しかしどれだけ死体の群れを倒しても、次から次へと際限なく死体の数は増えていく。 このままでは駄目だ。仮にこの死体をスタンドとするなら、 本体である「スタンド使い」が何処かにいるはず。 そしてそれこそが予言ので知らされた「老婆」に違いあるまい。 「…………!」 踵を返して、タバサはダッシュ。そのまま部屋のドアを強引に開け放って、ホテルの通路に躍り出る。 「ハーミットパープル(隠者の紫)…!」 同時に周辺感知の能力を持つ装備DISCを発動させ、タバサはホテル内の構造を頭の中に叩き込む。 思った以上に狭い場所だ。数で追い立てられれば、防ぐ手立ては無いだろう。 タバサは人が隠れていそうな場所を虱潰しに、しかし最短のルートを通って探し回る。 途中にチラホラと姿を見せる死体達は出来る限り無視しながら スタンド使いの本体を探して行く中で、タバサはオーナーの部屋と思しき部屋のドアを開け放つ。 「ヒェッ!?……お、おお~、これはいらっしゃいませ~。何か御用ですかな、ヒェッヒェッ」 ようやく見つけた。部屋に飛び込んで来たタバサの剣幕に、腰を抜かせて驚いてみせる老婆の姿。 今まで出会って来た死体とは違う、邪悪に、しかし強く意志を感じさせる輝いた瞳。 そうだ。彼女こそ、前の階層で予言で見た“古びた館の老婆”であり、 あの亡者共を操っているスタンドの本体に間違いない。 「ええ。……あなたに、用がある」 「おお~、それはそれは。何なりと御申しつけ下さい。 あ、ワシはこのホテルのオーナーのエンヤと申しますですじゃ」 お互いにシラを切り通しているのは先刻承知だったが、タバサはそれ以上は 何も口に出さずにエンヤと名乗った老婆に一歩ずつ近付いて行く。 近付いて、至近距離からザ・ハンドの一撃を叩き込むつもりだった。 エンヤ婆の側にも何か策はあるだろう。他に死体を操る以外の能力を隠しているかもしれない。 それを見極める為にも、今は死中に飛び込んでみせる必要がある。 来るならば、来い。タバサはエンヤ婆の一挙手一投足まで注意を払いながら、彼女に接近して行く。 「…お客のマナーが良くない。ちゃんと注意しないと…」 「そうですか、そうですか。そりゃあ申し訳ございませんのォ~。 何しろ外国から遥々観光に来られるお客様目当ての店なんで、言葉も通じ難くて大変なんですじゃよ」 「………本」 「ウムン?何ですと?」 「本を読んで、勉強しないと」 「おお、そうですのォ~。それは必要なことですのォ」 「そう。本を、読んで――っ!」 そこまで言って。タバサは一気にエンヤ婆との距離を詰めてザ・ハンドを展開。 一撃で勝負を決めるべく、エンヤ婆に向けてその右手を振るう。 「キィエェェェーーー~~~~ッ!!!」 その刹那、物凄い勢いでエンヤ婆が飛び上がり、ザ・ハンドの右手を回避してタバサから距離を取る。 ザ・ハンドのコントロールの難しさを差し引いても、老婆とは思えぬ程の凄まじいスピードでだった。 「…………く!」 「ヒェ~ッヘッヘッヘッ!そんな生っちょろいスタンドでワシを殺せると思ったのかァー小娘ェ!?」 タバサに対して嘲笑を上げる今の姿こそが、エンヤ婆の真の姿なのだろう。 邪悪そのものが形になったかのような笑みを浮かべながら、エンヤ婆は高らかに宣言する。 「このワシの「正義(ジャスティス)」で!お前のその無愛想なツラを 恐怖でグチャグチャに変えた後で改めてブッ殺してくれるわい! ここがお前の墓場になるのじゃああぁぁウケケケケェーッ!!」 その宣言と共に、エンヤ婆に操られて部屋のあちこちから新しい死体の群れが湧き出してくる。 ――また一つ、老師トンペティのDISCの予言の真実が明らかになった。 「正義を問う」とは即ちエンヤ婆のスタンド「正義(ジャスティス)」を指していたのだ。 そして最後に残された予言はただ一つ。「しかる後に残酷な死を迎えるだろう」……。 「そこまでは……嫌」 残酷な死を迎えるのは敵の方だ。死者を操っているエンヤ婆にこそ、死の世界は相応しい。 「デス・13のDISC…!」 タバサは装備DISCの一枚を頭に差込み、その能力を発動させる。 『ラリホォォォ~~~ッ!!』 DISCが力を使い果たして消滅する代わりに、タバサを取り囲んでいた 亡者の群れに強烈な睡魔が襲い掛かり、次々にその場へと倒れ込んで深い眠りに身を委ねて行く。 タバサは眠りこけている死体に構わずに、エンヤ婆のみに狙いを絞ってザ・ハンドを振るう。 だが、異様な素早さで動き回るエンヤ婆に対して中々決定打を与えることが出来ない。 「キィヒヒヒ、馬鹿め当たるものかァ!そしてェ!」 またしても新たに現れた死体が、タバサに向けて一直線へと突っ込んで来る。 「うっ……!?」 エンヤ婆に気を取られ過ぎていたタバサには、その死体の動きを避けきることが 出来ずに、部屋の中に置かれていたテーブルに頭から突っ込んで行ってしまう。 「く……ううっ…!」 他の死体が倒れ込んだタバサに向けて近寄って来る姿を視界の端に捉え、 タバサは慌てながらも自分を転ばせた死体にザ・ハンドの右腕を叩き込んだ。 死体、消滅。そのまま起き上がって態勢を整える、そうしようとしたその瞬間。 「キエェェェーッ!!」 「……っ!?」 エンヤ婆が懐に隠し持っていたナイフを取り出し、タバサの顔面目掛けて投げつけて来る。 頭を振って何とか逃れようとするが、完全に回避しきれずに左の頬が刃に当たって薄く切れてしまう。 チクチクとした浅い痛みと共に、タバサの頬から一筋の赤い血が流れ出す。 だがこの程度、致命傷には遠い。タバサは完全に立ち上がり、再びエンヤ婆に対して向き直る。 「クッ……クククッ…」 突然、エンヤ婆が含み笑いを浮かべる。 まるで、今この段階で自分が決定的勝利を掴んだとでも言うように。 まずい。 タバサはエンヤ婆の態度に、今までとは違う危険な雰囲気を感じ取っていた。 「ククク…ウケケケケッ!ウヒャハハハハァ!このホテルの中で血を流したな! もうこれで完ッ璧にお前は勝機を失ったのじゃあぁぁぁぁ!!ウコケケケケケケッ」 ――やはり。 あのナイフの一撃が、こちらにとっては致命的なダメージになってしまったらしい。 しかしタバサにはその理由がわからない。 エンヤ婆のスタンド、正義(ジャスティス)の真の能力が、だ。 ザ・ハンドに比べて威力が劣る上に、残りのエネルギーも少なかったが、 ここはエンペラーとフー・ファイターズで確実に攻撃を命中させるしか無い。 そう考えたタバサがエンヤ婆に向けて両手を向けた、まさにその瞬間。 「…………っ!?」 突然タバサの頭がぐらりと傾き、そのまま真横の方向に吹っ飛ばされて地面に叩き付けられる。 先程ナイフが掠めた左の頬がやけに重い。何とか瞳を傷口の方に見やると、 そこはもう出血が泊まっており、代わりに霧のような物質が問題の傷口から生じていた。 「これがワシの「正義(ジャスティス)」!「正義(ジャスティス)」の有効射程範囲内で傷を付けられた ヤツは、誰であろうと傷ついた場所を中心にワシの意のままに操れるのじゃあああぁぁ!!」 完全に勝利を確信しているのだろう、エンヤ婆の高笑いが部屋の中に反響する。 タバサは一発でも射撃DISCを撃ち込んでやろうとエンヤ婆に手を向けるが、 その前に傷口から自分の頭をコントロールされ、あらぬ方向へと頭ごと全身を吹き飛ばされる。 「さああぁ~~~てこれからお前をどう料理してくれようかのォ? そぉうじゃ、そういやトイレの掃除を最近サボっておったからのォ~~~~ これからお前に掃除してもらうとするかのう!!」 そう言うが早いか、エンヤ婆はタバサの頭を引き摺るような形で、 部屋の脇に設えてある扉に向けて、タバサの体を誘導して行く。 「なめるように便器をきれいにするんじゃ、なめるように! ぬアアアめるよォオオオオにィィィィ!!だよん。レロレロレロレロ」 エンヤ婆の咆哮を聞いて、タバサの全身に氷のツララで突き刺されるような 冷たい恐怖感が走る。恐らくこの老婆は本気でそれを自分にやらせるだろう。 それだけでは無い。その後も考え付くだけのありとあらゆる屈辱と恐怖を与えて、 タバサの中にある「正義の心」を完膚無きまでに打ち砕こうとするに違い無い。 それだけは何としても避けねばならない。 幸い、傷を付けられ操られているのは頭だけ。 ならば、両腕はまだ自分の自由に動くに違いない。 それを信じて、タバサはエンヤ婆に気付かれぬように注意しつつ、懐からDISCを一枚を取り出した。 「……ヌッ!?」 「ペットショップのDISC…っ!!」 氷を操るスタンド「ホルス神」の本体である怪鳥のDISCを頭に差し込むタバサ。 その刹那、まるで鳥の羽のように両手をパタパタと振りながら、 タバサの体が宙に浮かんでそのままフッ、と部屋の中から消えて行く。 ペットショップのDISC。 同じ階層の別の場所へ向けて、まるで瞬間移動の如く飛び去ることが出来るDISCである。 「……うおのれぇぇぇぇい小娘ェェェ!じゃが「正義(ジャスティス)」の効果範囲はこのホテル全体! この先の階層に至る脱出経路など存在せぬわい! そしてお前がここから逃れられぬ以上、依然このワシの勝利は変わらん! 何処にいようと絶対に逃すものかァァァ!!探し出して脳みそ!ズル出してやるッ! 背骨バキ折ってやるッ!タマキンがあったらブチつぶしてやっとるわッ!」 エンヤ婆はタバサを探すべく、後ろに死体の群れを引き連れながら通路へと飛び出した。 「「正義(ジャスティス)」は勝つ!!」 「ごくっ……んっ…んんっ…ぷはぁっ…。はぁっ、はぁっ……」 モンモランシー特製ポーションを飲み干して、タバサは先程の戦闘で受けたダメージの傷を癒す。 だがそれでも、左頬の傷口からは「正義(ジャスティス)」の霧が止まらない。 恐らく本体であるエンヤ婆を倒さぬ限り、永久にこのままに違いない。 しかし、一体どうやって倒せばいい? 「正義(ジャスティス)」の能力は既にわかっている。 霧によって、有効射程範囲内で傷付けられた者を自由自在に操る能力。 あの死体の群れも、「正義(ジャスティス)」の射程範囲内で殺された者達を 「正義(ジャスティス)」の霧を使って操っているのだろう。そして、その有効射程範囲は―― 恐らくホテルを構成するこの階層全体。 現在タバサの頭が自由になっているのも、エンヤ婆が自分の姿を見失っている為だろう。 もし発見されたら、その瞬間に「正義(ジャスティス)」によって タバサの体を操って先程の続きを始めるに違いない。 今の内に、何としてでも対抗策を考えなくてはならない。 手持ちのアイテムで、エンヤ婆を倒す為に出来ることは無いか、タバサは深く考える。 「………あ」 そして、一つだけ思いついた。 「正義(ジャスティス)」を使わせる隙を与えずに、あのエンヤ婆を倒す為の手段が。 だが、それはかなり危険を伴うアイデアだった。一歩間違えれば、倒れるのはこちらの方だ。 「………ううん」 それでも、やるしかないとタバサは思った。勝利への道はそう容易いものでは無い。 自らの命を削り取るだけの「覚悟」を抱いてこそ、始めて勝利の栄光を掴み取ることが出来る。 それこそが人間の目指すべき「正義の道」なのでは無いだろうか。 あのゼロの使い魔の平賀才人が、まだ召喚されて間もない頃に 彼を怒らせたギーシュ・ド・グラモンに向かって、決然と立ち向かって行ったように。 やろう。決然と覚悟を決めて、タバサは立ち上がる。 既にホテル内部の構造はハーミットパープルの発動によって理解している。 そして自分のアイデアの実行に最適な場所を目指して、タバサは一歩を踏み締めた。 「おにょれえぇぇぇぇ!何処に隠れおった小娘えぇェェェ!?」 血走った目で、ホテル内の何処かに隠れている筈のタバサを探す エンヤ婆の耳に、突然誰かの声が聞こえて来る。 『タバサはここよッ!ここにいるわよォォォーーーーーッ!!』 「何ッ……エンプレスじゃと?」 エンヤ自身、知らぬ間柄では無かったスタンド、エンプレスの声である。 彼女の宣言と共に、タバサが現在いる場所がエンヤ婆の頭の中にハッキリと浮かび上がって来る。 しかし、ホテルの中にエンプレスの罠など仕掛けただろうか? まあ、どうでも良いことだ。あの小娘が発見出来たのなら、今すぐ その場所に赴いてブッ殺してやればいい。 「正義(ジャスティス)」は無敵だ。あんな小娘に負ける訳など無い。 「ウヒヒヒヒッ、待っておれよ小娘!今度こそお前を地獄へと送ってくれるわい!」 そして間も無く、エンヤ婆は現在タバサがいるらしいホテルのロビーへと向けて突っ走る。 「…………!」 「よォ~やく見つけたぞォ、小娘エェェェ……」 タバサはロビーから通路の出入り口から少し離れた位置、 即ち現在部屋の中に踏み込んで来たエンヤ婆と距離を置いた所に立っていた。 一歩も動かぬまま、油断の無い表情でこちらの様子を窺っている。 何か策があるのかもしれない。 例えば、スタンドのDISCで床に罠を仕掛けている可能性など充分にある。 しかしタバサはもう「正義(ジャスティス)」のスタンドの支配下にあるのだ。 何処にいるのかさえわかってしまえば、後はエンヤ婆の好きに操ることが出来る。 ならば、策を使わせる暇など与えずブッ倒してしまえばいい。 エンヤ婆はそう考えて、エンヤ婆はスタンドを通して後ろの死体達に向けて命令を出す。 「お前達ィ!あのクソ生意気な小娘をとっ捕まえるんじゃア! そォして奴をボッコボコにブン殴って完ッ全に再起不能にしてやるんじゃあああぁぁァァァ!!」 その命令を忠実に実行するべく死体達が動き出すと共に、 エンヤ婆自身もまた、タバサに向かって駆け出して行く。 「ワシの「正義(ジャスティス)」は無敵じゃああぁぁぁッ!!」 エンヤ婆の意志によって、タバサの頬の傷口から潜り込んだ「正義(ジャスティス)」が 再びタバサの体を操って地に這わせようとする。だが。 「――レッド・ホット・チリペッパー!」 『限界無く明るくなるッ!!』 「なぬぅぅぅゥゥゥおわぁぁぁぁーーーーーッ!!?」 装備用DISCの発動。チリペッパーのDISCの電力放出によって、ロビー内部が 文字通り目も眩む光の波へと包まれる。突然の発光に 瞳をダイレクトに灼かれて、たまらずにエンヤ婆はもんどり打って床に転げ回る。 その中で、エンヤ婆はチクリと体を突き刺す痛みを感じる。 が、目を潰されているエンヤ婆にはそれが何なのかわからない。 そんなことよりも、早く「正義(ジャスティス)」であの小娘の体を操ってしまわねば。 それだけで、この戦いは勝てるのだから。 「「正義(ジャスティス)」ゥゥゥッ!!」 ドスン、と何かの倒れる音。恐らくタバサが頭を操られてスッ転んだ音に違いあるまい。 いいザマだ、とエンヤ婆は視力と共に再び勝ち誇った気分を取り戻していく。 やがて完全に目を開けられるようになったエンヤ婆は、くるりと首を振ってロビーの様子を確かめる。 見れば、今まさに地面に倒れ込んだタバサが死体達の群れに囲まれようとしている所だった。 「――勝った!第三話完ッ!!」 「……いいえ、あなたの負け」 エンヤ婆がタバサに向けて堂々と宣言するが、強い意志の光を瞳に湛えたタバサが はっきりとエンヤ婆の言葉を否定する。今、タバサは絶望するどころか、 逆に僅かに唇を吊り上げて、まるでこれこそが狙い通りだと勝ち誇っている様にさえ見えた。 「あなたが前に出て来てくれたから、上手く行った。……この死体を、盾にしようとしなかったから」 何だ。こいつは一体何を言っているんだ?どうしてここまで冷静でいられる? 「あなたがエンプレスのDISCで…ちゃんとここまで来てくれたから」 エンヤ婆の顔に焦りの色が浮かぶ。 タバサは教師が生徒に説明するかのように、静かに語りかける。 「あなたが、DISCの光で目を眩ませてくれたから……ここまで来られた」 タバサは後ろを振り向いて、今まさに死体の一つが彼女に向けて その両腕振り下ろさんとする様子を静かに見つめていた。 そして彼女の手には、防御用に装備していた筈のイエローテンパランスのDISCが握られている。 ここに至って、エンヤ婆はようやくタバサが何を企んでいたのか―― 先程自分に何を仕掛けたのか、ようやく理解することになった。 「なッ!ま、ま、まさかァァッ!?」 死体が振り下ろして来た両腕を、タバサは避けもせずに背中で受け止める。 「ぐっ……げほっ…!」 ずしりとした衝撃がタバサの全身に走り、口元から息が漏れる。 ――そしてそのダメージが、死体を操っている筈のエンヤ婆に向かってそっくりそのまま返って来る。 「うぐおぉぉぉっ!?」 「……ラバーズの、DISC。これなら、確実にあなたにダメージを与えられる…」 かつて、本来の世界で敵に捕らえられたエンヤ婆の始末の為に用いられた、因縁のスタンド。 それが今、再びエンヤ婆から「運命」をもぎ取るべく、タバサの手によって自分に仕掛けられている。 タバサが受けたダメージをそのまま特定の誰かに跳ね返すラバーズのDISCの能力。 その能力によって、別の死体によってタバサの腹に深くメリ込んだ蹴りの痛みが エンヤ婆に対してそっくりそのままダイレクトに伝わって来た。 「ぬぉわああぁぁぁっ!?おごぉおぉぉっ!!」 「あぅっ……ぐっ…げほっ、ううあっ……」 一切の抵抗も見せずにひたすら死体によって殴られ、蹴られ、蹂躙され続けるタバサの 感じている痛みが、次から次へとエンヤ婆に向けて跳ね返ってくる。 よりエンヤ婆に早く、深いダメージを与えるべく、タバサは防御用DISCまで外していたのだ。 出血で視界が赤く染まっていく。内臓を痛め付けられ、口から血反吐を吐くのも何度目だろうか。 己自身の血に塗れて全身を真っ赤に染め上げられた今のタバサの姿は、 トリステイン魔法学院において呼ばれる「雪風」の二つ名とは、まるで掛け離れていた姿だった。 「なっ…!ウゲッ…なんちゅーマネをしやがるんじゃあァァァァこの小娘ェェェェ!――ブゲェェェ!!」 何度目になるかも知れぬタバサのダメージを跳ね返されて、ついに耐え切れずに エンヤ婆はその場に倒れ伏した。そしてそれを確認してから、タバサはようやく次の動きを見せた。 「タワー……オブ、グレイ……っ!」 射撃用のDISCを能力発動させることで、室内のごく短距離の位置を 瞬間移動して死体の群れから逃れたタバサは、彼女と全く同じダメージを受けて ボロボロになっているエンヤ婆から見て、あと数歩の距離まで辿り着いていた。 「ウッ、ウヒヒヒヒッ…!ワシにトドメを刺すつもりか……?」 「……………」 「だっ、だが…やはり甘いのう、小娘…!それだけのダメージを受けて… その足でワシの所までそ辿り着けると思っておるのかァ~!? 辿り着く前に「正義(ジャスティス)」で全身傷だらけのテメエの体を 隅から隅まで片っ端から残さず操ってくれるわい…!」 タバサは無言で、血塗れの体を立ち上がらせてエンヤ婆に近付いて行く。 「やはり最後はワシの勝ちじゃあァァァ!!くらえ「正義(ジャスティ)」……」 「ダークブルームーン!」 『水のトラブル!嘘と裏切り!未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード!』 エンヤ婆がこちらを操って来る前に、タバサは今まで能力用に装備していたDISCを発動させる。 ダークブルームーンのDISC。能力用装備として使う分には水場を自由に移動出来るだけだが、 発動時の効果は全く異なる。その能力は部屋内にいる全ての敵にダメージを与え、 そのダメージを自分の体力として吸収することが出来るのだ。 「おごォ!?」 瀕死のエンヤ婆、そして距離の離れた死体達からも体力を吸収して、先程までのダメージを 一気に回復させたタバサは、エンヤ婆に最後の一撃を与えるべく駆け出そうとする。 「うっぐおおぉぉぉぉ!!まッ…!まだじゃあ……!まだ貴様が近付くよりも 「正義(ジャスティス)」発動の方が早いわぁ!まだ終わった訳では無いのじゃあぁぁぁァァァッ!!」 「違う……」 呟いて、タバサは最後に一枚だけ残されていた銀色の発動用DISCをエンヤ婆に向けて投げつける。 発動したり、投げ付けたりした者を一時的な混乱状態に陥らせる、エンポリオのDISC。 「うおわあああああぁぁぁぁぁ!!?」 DISCを投げ込またエンヤ婆は、混乱のせいでその場で悶絶。 「正義(ジャスティス)」発動の為の集中力を途切れさせてしまう。 「あなたの「正義」は、もうお終い……!」 エンヤ婆の前に立ち塞がり、高らかに宣言するタバサ。 そして攻撃用ディスクのザ・ハンドの右手を、傷だらけのエンヤ婆に向けて叩き込む! 「うぽわあぁーーーーーーーーーーーーッ!!!!」 断末魔の悲鳴を上げて、今度こそエンヤ婆はタバサの一撃によって、「残酷な死を迎えた」のだった。 ~エンヤホテル跡 地下12F~ エンヤ婆を倒したことで、「正義(ジャスティス)」の霧によって形作られていたホテルは消滅。 後に残るのは墓場同然の廃墟のみ。 操られていた死体もその主を失って、ただの死体へと戻って行った。 これでようやく次の階層に進めるはずだが、今の戦いはアイテムを始めとする消耗が激し過ぎた。 先程使用したダークブルームーンの効果でそれほど体力に不安が無いのと、 この階層に下りて来る前に食べて来たはしばみ草のサラダのおかげで お腹の具合には何の問題が無いのが、せめてもの救いと言えば救いなのかもしれないが。 「……でも、行かなきゃ」 いつまでもここでこうしている訳にもいかない。 ラバーズのDISCの効果を最大限に高める為に外していた イエローテンパランスのDISCを防御用に装備しなおして、タバサは階段を探して歩き出す。 「――あっ!」 自分が発見した物を見て、タバサは驚きのあまりに声を上げる。 階段はあった。いつもの下り階段とは違う、上り階段である。 この階段を上れば、今まで通過して来た階層を逆走することになるのだろうか? それも違う気がする。この先で待ち受けているのは、また別の新しい“何か”では無いだろうか。 タバサにはそんな予感がする。 だがその前にやらねばならないことがあった。 タバサは階段の側に落ちていた剣を拾い上げ、無造作に鞘から抜いた。 『~~~んっ、プハァ!やっと出られたぜ……っておお!?誰かと思ったらお前、タバサじゃねえか!』 「久しぶり」 タバサが異世界に巻き込まれた際に、離れ離れになってしまったインテリジェンスソード。 平賀才人の相棒であるデルフリンガーに、タバサは今、ようやく再会したのだった。 『こりゃおでれーた……いや、マジでおでれーたぜ。 お前さんと会えたってのもそうだが、何よりもその格好が何よりもオドロキだぜ』 「………そう?」 デルフリンガーに言われて自分の姿を見てみれば、確かに酷かった。 「正義(ジャスティス)」に操られる原因となった左頬の傷から漏れ出していた霧は 確かに消えているものの、服もマントもボロボロに引き裂かれ、 タバサ自身の血を吸って赤黒く染まっている。 これがドス黒い染みとなって永久に服から消えなくなるのも、そう遠い話では無いだろう。 よく見れば眼鏡のフレームは歪みに歪んで、レンズにもあちこちヒビが入っている。 満身創痍。今のタバサを表わすのに、これほど的確な言葉もなかった。 『マジで一瞬誰なのかわからなかったぜ……そうだな、こいつぁまるで』 「まるで?」 『――いや、やっぱ言えねえ。若い娘っこのアンタにゃ到底こんなコト言えねーぜ』 「そう」 デルフリンガーが言おうとしていたことを要約すると、まるで暴漢に―― それも幼女趣味の性犯罪者に寄ってたかって襲われたみたいだ、ということなのだが、 確かに先程までタバサの置かれていた状況は「性犯罪者」云々の言葉を 「死体」に置き換える必要はあれど、それ以外は全く以ってデルフリンガーの言う通りだった。 デルフリンガーが何を言おうとしたのか気になったが、 何やら自分を気遣ってくれている態度が伝わって来たので、タバサもその話については それ以上は聞き返さないことにして、その代わりに別の疑問をデルフリンガーにぶつけてみる。 「あなたは、どうしてここに? 『わかんねエ。オレも気付いた時は、もうあのバケモノみてぇなバーさんの所に放り出されてたんだ。 ただどーも、別の誰かがあのババアの所にオレを置いとけ、って言ってた気もするんだよな』 「別の、誰か……」 タバサはふと、側に聳え立つ上向きの階段に目をやった。 エコーズAct.3が言っていたレクイエムの大迷宮。そしてデルフリンガーの語る何者か。 全てはこの階段を上ればわかる。タバサの胸に強い確信が生まれていた。 『でもマジで、もう一度アンタに会えて良かったぜ~。 もし会えなかったら、オレっち永遠にあの屋敷ん中で閉じ込められっ放しだったのかもしれねえし』 「……うん。一緒に、付いて来て。帰れる…かもしれない」 『なぬ!?そいつぁマジなのか!?』 「わからない…。でも、それを確かめに行くの」 『そうか……オレっちの知らない所で、何か色々とわかったコトがあるみてえだな』 「歩きながら説明する」 『よし、頼むぜタバサ。オレとお前さんで、一緒に元の世界に帰るとしようぜ!』 「うん」 こくりと頷いて、タバサはデルフリンガーを握り締めながら階段を上っていく。 その途中、階段を上りきるより前に、タバサ達の目の前に真っ白な光が広がって行く。 視界が閉ざされ、意識まで溶けて行きそうなその感覚の中で、二人の耳に誰かの声が聞こえて来る。 「――ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、新たなる大迷宮の道へ――……」 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第2話 戻る
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『参ったねえ、こりゃ実に参った』 手に握り締めた知恵ある剣、デルフリンガーが何度目とも知れぬ愚痴を漏らす。 ここはハルケギニアと呼ばれる世界。 トリステイン魔法学院に在学する学生達に、遺跡調査の依頼が舞い込んで来た。 それ自体は、決して珍しい話では無い。 魔法学院に通うメイジ達とは例外なく貴族の家系であり、彼らはいざともなれば習得した魔法を駆使して、他国との戦争の為に激しい戦場に立たねばならない。 学問や魔法の研究、そして武者修行の為に、魔法学院の学生達は日々の授業以外にも命の危険を伴う冒険に挑む必要があるのだ。 今回もそうした――危険ではある物の、ありふれた冒険の一つのはずだった。 『よお、これからどうする。先に進んじまうか、連中を探すか、どっちだい』 遺跡を守護するガーディアンとの戦いに気を取られ、仕掛けられていたトラップを見抜けなかったのは自分のミスだった。結果として、一緒に遺跡までやって来た仲間達と離れ離れになってしまい、今この場にいるのは自分と、そしてデルフリンガーの一人と一本。 一刻も早く仲間達と合流し、任務を終えてこの遺跡を脱出する。 果たさねばならない目的の数はたった3つ。口で言うのは簡単だが、かなり困難な話である。 今、自分は何処にいるのか?仲間達の位置は?遺跡を守るガーディアンやトラップの存在は? 目的に対して問題は山積み。 もし一人でこの遺跡に訪れていたとしたら、気にする事は無かっただろう。 だが、仲間達を放っておくわけにはいかない。彼らは、孤独だった自分に出来た初めての友達。 死と隣り合わせの戦場でも、笑って肩を並べてくれる、かけがえの無い人達。 父を殺され、母を狂わされ、自らもまたトリステイン魔法学院での過酷な任務の中で惨死することを望まれた、あの可愛そうなシャルロットは、もういないのだから。 『なあ、タバサ――』 「皆と合流する」 タバサはいつも通りのか細い声で――しかしはっきりと意思を込めて声に出した。 『んぉ?お、おう、わかった。しっかしおどれーたぜ、あんたがちゃんと返事をしてくれるなんてよぉ?』 それっきり返事は返さない。決してデルフリンガーのことが嫌いな訳では無かったが、必要の無いこと以外は、あまり喋りたくは無かった。 それは、誰に対しても変わらない、他人へのタバサの接し方。 ――しかし何故、自分はこのインテリジェンスソードを持っているのだろう? これは彼女のクラスメイト、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール―― 通称「ゼロのルイズ」の使い魔が使っている筈の剣なのに。やはりこの剣は異世界から来たというその使い魔の青年、平賀才人の手に握られているのが良く似合う。 まあ、いい。武器を失う羽目になった才人のことは気になるが、 彼やルイズの側にはタバサの頼れる親友キュルケや、少々お調子者だけど召喚魔法の技術は確かなギーシュと言った仲間達がいるはず。 自分は彼らの無事を信じて、「早くデルフリンガーを返したいなあ」と考えていればいいのだ。 『んじゃ、合流すると決めたからにゃ、どっちに行くよ?右か?左か?上かい下かい?』 「……………」 タバサは黙って歩き始める。途中途中で、魔法を使って自分が通ったというサインも残しておく。 他に良い考えがある訳じゃなかったが、向こうもこちらを探しているなら、きっと大丈夫。 例えすぐには会えなくても、互いに強く「探そう」「会いたい」という意志を持って 歩いているなら、いつかは必ず再会出来るはずなのだ。 何故なら、自分達はお互いに向かっていっているのだから――。 『……おっ。こりゃどーも、順序が逆になったみてぇだな』 デルフリンガーの言葉に、タバサもこくりと頷く。 彼女達の目の前に立ち塞がる扉は、これまで散々遺跡の中で見続けて来た石造りの物とは違う、金属とも有機物とも付かぬ物質で作られている奇妙なデザインの扉だった。 まるで扉自体が何かの生き物であるかのように、巨大で禍々しい力すら感じ取れる。 この扉を開いたが最後、何が起こるのか――そうしたイメージすら封殺してしまう程の凄味があった。 そう。間違いなく、この扉こそがこの遺跡に眠る最大の「何か」なのだろう。 『どうする、タバサ?』 「……………」 一人でこの扉を開けてしまって大丈夫なのか?出来るなら、仲間達と合流したい。 この扉の先に何があるのかわからない以上、迷いはある。 ――だが、逆に。 逆に考えるなら、今ここで自分一人で扉を開いてしまえば、皆を巻き込まなくて済むのかもしれない。 その為に例え自分が命を落としたとしても、仲間達だけは助けられるかもしれない。 今まで歩いて来た中で、別の道は無かった。後戻りか、扉を開いて先に進むか。二つに一つ。 「………開ける」 決然とした口調で、タバサは言う。デルフリンガーを鞘に収め、自分の杖と一緒に脇へ置いておく。 そして、その小さな手を目の前の扉に掛け、精一杯の力を込めて開こうとする。 ゴトリ ――扉は、あっけない程簡単に開いた。 そしてその刹那、タバサは何か目に見えぬ圧倒的な力によって、凄まじい勢いで扉の中に引き摺り込まれようとしていた。 『――タバサ!』 「…………!!」 なけなしの力を振り絞って、タバサは声を頼りにデルフリンガーを掴む。杖は、間に合わない。 そして一人と一本は、扉の中へと吸い込まれて行く。 やがて意識を失うその直前、タバサは確かに誰かの声を聞いた気がした。 「――大迷宮へ……そして君の試練へ……ようこそ……――」 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 戻る
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~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~ 『さぁーてと』 『ウヒィッ!?』 只一人残されたソフト・マシーンが、デルフリンガーの言葉に怯えたような悲鳴を上げる。 『残るはテメーだけだよなぁ』 『ウググググ……』 デルフリンガーの言う通りだった。 元から大して当てにしていなかった屍生人三体はともかく、スタンド使い二人を目の前で倒されてしまったのは非常にヤバい。ソフト・マシーンという自分のスタンドは、相手にこちらの存在を気取られておらぬ内に、その虚を突いての奇襲戦法を得意とする能力であると、その本体であるズッケェロは自覚していた。 あるいは、今回のように強力なパワーを持ったスタンド使いとコンビを組んで サポートに回るという使い方でも、充分に役立てられるのだということもわかった。 だが、少なくとも自分が一対一の直接対決を不得手としていることだけは間違いは無い。 敵に手の内を明かしてしまった以上、相手の「厚み」を奪ってやろうと思っても、目の前のタバサは如何様にも対策を講じてそれを封じてしまうだろうし、そもそも、その為には敵に直接手に持った剣で刺し貫いてやらねばならない。 そこまで接近してしまったら、逆にあのクレイジー・Dの餌食になるのがオチだ。 どうあっても自分一人で勝てる訳が無い。ならば、やるべきことはたった一つ。 ここは素直に諦めて、ひたすら逃げるまでだ。 スピードに関しても平凡な能力しか持たない自分でも、逃げ切れそうな手段が一つだけある。 『動くなッ!』 そう叫んで、ソフト・マシーンは自分の能力でペラペラになったツェペリの体を引っ手繰り、手に持った剣を未だに気絶したままのツェペリに向けて突き付ける。 『動くなよ……このオヤジを殺されたくなければ、そこで大人しくしているんだ…』 『はっ。勝ち目が無いとわかれば今度は人質かァ?情けねぇ野郎だ、プライドってモンはないのかね』 『ウルセー!いいかテメェ、そっから一歩も動くんじゃねーぞ! わかってるよな、ピクリとも動くのは許さねーぜ!動いたらその瞬間にこいつを殺すッ!』 デルフリンガーの挑発に熱くはなっているが、ソフト・マシーンは未だにツェペリを掴む手を離さずにいる。 タバサは何も答えない。 代わりに、ソフト・マシーンが喚いている隙にDISCを取り出し、躊躇無くその能力を発動する。 『な!?テッ、テメー……!』 「ザ・ハンドっ!」 ガオンッ!! ソフト・マシーンの抗議の声を待つまでもなく、タバサとソフト・マシーンの直線上の空間に向けて あらゆるものを「削り取る」力を持ったザ・ハンドの右手を振るう。 その一撃によって、彼女達の間に広がる空間が「削り取られ」、まるでソフト・マシーンの体が瞬間移動したかのようにタバサの方向へと引き寄せられて行く。 『ウオオオオオーッ!』 衝撃の余りに、ソフト・マシーンは思わずツェペリの体を取り落としてしまう。 そして、引き寄せられる彼の目に映ったのは、先程のフォーエバーの如くクレイジー・Dを叩き込もうと待ち受けているタバサの姿だった。 『ヒギョエェェ!たッ、たッ、助けてくれェ~~~!!』 「クレイジー・ダイヤモンド!」 ドラァッ!! 容赦無く叩き込まれたクレイジー・Dの拳がソフト・マシーンにめり込み、そのままラッシュへと繋げる。 そして最後の止めとばかりにソフト・マシーンを力一杯殴りつけ、先程も彼が潜んでいたクラフトワークによって作り上げられたパイプの「屋根」の残骸へと向けて吹っ飛ばす。 『ウッガァァァァーーーーッ!!』 かつての相棒のスタンド能力によって「固定」されていたパイプの山に、数え切れぬ程の拳の乱撃を叩き込まれたソフト・マシーンが頭から突っ込んで行く。 そしてそのまま力を失って、敢え無くソフト・マシーンは消滅する。 そして、それによってソフト・マシーンの能力から解放されたツェペリが、急激に肉体の「厚み」を取り戻して行く。 「……起きて」 タバサは未だに気を失ったままのツェペリの許へと近付き、その頬をぺちぺちと叩く。 「………ム……ウゥ~ム……お、おおタバサか…!」 幾度かタバサがそうしている内に、やがて意識を取り戻したツェペリは勢い良く跳ね起きる。 そのまま油断の無い表情で周囲を警戒するが、敵の姿が見えないことを確認して、その表情を緩める。 「ウーム。私が今もこうして生きているということは、君がスタンド使い共を片付けて私を救ってくれたと言うことか……ありがとう、おかげで助かったよ」 一連の状況を察したツェペリが、タバサに向けて素直に頭を下げる。 『フフン、情けねーな、ツェペリのおっさん。そろそろアンタも引退する歳じゃねーの?』 「いやいや。六千年の時を過ごしているというデルフ君を前にして、おいそれとは退くことは出来んよ。 私もまだまだ、戦士としては未熟なのだということを、今の戦いでたっぷりと思い知ったからね」 『そいつは重畳。この経験を踏まえて今後も精進するんだね、若造のツェペリ男爵』 「ハハハ。畏まりましたぞ、戦士デルフリンガー」 オーバーなくらいに芝居が掛かった口調で、ツェペリとデルフリンガーが応酬を続ける。 彼らのその様子を見て、タバサはほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべた。 『………んお!?』 だが、それも突然船全体を襲い出した震動によって中断される。 その勢いは、先程の貨物室で積み重ねられた木箱を崩落させようとフォーエバーが仕掛けた物の比では無い。それどころか、時を重ねれば重ねるほど、その震動もより大きくなっていくようだった。 考えられるのは只一つ。 この船全体がストレングスと言うフォーエバーのスタンド能力で維持されているのならば、その本体であるフォーエバーが消滅した今、支えとなるスタンドパワーを失ったこの船は崩れ去る運命にあるということだ。 「いかんな…!早く脱出するなり次の階層に行くなりせんと、この船は沈むぞ」 『タバサ!アレはねーのかよ!?ホレ、あの……地図が全部丸わかりになるヤツ!』 「今は、持っていない…!」 痛恨の表情でタバサが答える。 デルフリンガーが言っているのであろう、その階層の構造を瞬時にタバサへと伝える「ハーミットパープルのDISC」を、何故、自分は今持っていないのだろうかとタバサは悔やむ。 あのDISCさえあれば、次の階層への入口の在り処が一瞬でわかるというのに。 『なぬ~~~!?それじゃ本気でヤベェじゃねーか!このままじゃオレ達全員オダブツだぜ! ああ、遠い異郷の地。 その冷たい海の底でこのデルフリンガー様の伝説も密やかに終わっちまうのか……』 「…………っ」 デルフリンガーの言う通り、入口が見つからなければ、自分達はこの船の下に広がる果てしない大海原へと投げ出され、そこでお終いだろう。 そして、船が完全に崩れる前に次の階層への入口を探し当てるには、あまりにも時間が足りない。 だが、だからと言ってここで座して死を待つ訳にはいかない。 最後まで諦めるものか。 限られた時間で、何としてでも入口を見つけ出そうと、タバサは一歩を踏み出そうとする。その時だった。 「こっちだ」 自分を呼ぶ何者かの声が、タバサの耳に入って来る。 その声から敵意は感じられない。 タバサは頭を振ってその声の主を探す。そして、それは拍子抜けする程に呆気なく見つかった。 「早くしろ、急げ。オレに付いて来い」 数刻前にこの船室から逃げ出した筈の、斑模様の服を着た猫がタバサ達に尻尾と顔を向けていた。 猫はタバサが自分に気付いたことを悟ると、そのまま勢い良くその場から駆け出して行く。 「…………あ!」 タバサは言われた言葉の通りに、猫の後を追って駆け出して行く。 「あの猫……今、口を利いたように見えたが?」 『しかもこっちに来いだとさ。はてさて、今度は何が出て来るっつーのかねぇ』 まるで驚いた素振りを見せずに、ツェペリとデルフリンガーがお互いに口を開いてその事実を確認する。 この世界であれだけ色々な“記録”を見せられ続ければ、今更猫が喋った程度で驚く方が無理と言うものだった。 タバサとツェペリはその喋る猫に導かれて、激しく震動する船内を右へ左へと駆け抜けて行き、そして最後にとある扉の前へと辿り着く。 「この先にアンタ等がお探しの出口がある。オレに出来るのはここまでだ、せいぜい後は頑張るんだな」 「…………どうして」 どうしてあなたは自分にそのことを教えようとするのか。 何よりも先にタバサの口から出てきたのは、そのことへ対する疑問だった。 「アンタがいいヤツだからな」 そして、彼女の問い掛けに対して、猫は淀みの無い口調でそう答えた。 「あの状況で見ず知らずのオレを助けようとするなんざ、普通は出来ねぇ。大したモンだ。 オレを拾って育てた癖に、最後にはブッ殺そうとしやがったあのクソ野郎とは大違いだ…… そういやまだ言ってなかったが、オレの名前はドルチだ。んじゃ、縁があったらまた会おうぜ」 最後にドルチと名乗ったその猫は、そのまま今までと同じように扉の奥へと姿を消して行った。 『どーするんだい、タバサ。あいつの言ったコトを信じるのか?』 「……信じてみる」 そう答えて、タバサは扉に手を掛ける。 あの猫がタバサ達の前に現れる度に、この船に潜む敵との戦闘があったのは事実だ。 だが、だからと言ってそれが罠だったとも限らないだろう。 こちらに敵の居場所や次に行くべき場所を教えてくれていたのだと考えることも出来るし、そもそもこの船がフォーエバーのスタンド能力によって構成された物である以上、罠に掛けるとしたら、逆にタバサ達を迷わせた上で、じっくりとストレングスで痛め付けて消耗させる方が自然では無いだろうか。 そして、タバサの疑問に対する答え。ドルチが敵意を持っているとはどうしても思えなかった。 いずれにせよ、それが罠かどうかはこの扉を開いてみればわかる。 タバサはその手に力を込めて、そのまま勢いよく目の前の扉を押し開いた。 そこは機関室だった。巨大で複雑な仕組みの機械が動く度に、室内に響く唸り声を上げている。 ふと視線を先に向ければ、確かにドルチが言った通り、機関室の真ん中に次の階層に向けての下り階段が広がっており、そして当のデルチは、既にその機関室の中から姿を消していた。 『おほ…!本当にありやがった!なんだかあの階段も久しぶりに見る気がするぜ』 「急ごう、タバサ」 歓喜の声を上げるデルフリンガーとは対照的に、いやに淡々とした口調でツェペリが先を促す。 その態度に僅かな違和感を感じたが、タバサは気のせいだと考えて、促されるままに一歩を踏み出す。 まさにその瞬間だった。 「――MUUUUOOOOOOO……」 機械の動きに混じって、別の音が聞こえて来る。 それは声だった。何者かによる雄叫びの音。 その声は次第に勢いを増し、こちらへ近付いて来るのがわかる。 「WRYYYYYYYYYYYYーーーーーー!!!」 そして、タバサ達を先へ進ませぬとばかりに、目の前にその声の主が天井から物凄い勢いで降り立って来た。 「………!」 『なんだぁ!?まだ敵がいやがったのかよ!?』 「FUUUHAAAAAAA……」 タバサ達の驚愕など意にも介さぬとばかりに、眼前の敵が威嚇するように低い声を漏らす。 フォーエバーが着ていた船長服よりも更に立派な装丁の施された、高級感溢れる服。 先程のジャンプを可能とする身体能力を見れば、彼が屍生人か吸血鬼の類であることがわかる。 だがその視線や表情は、顔一面を覆う石の仮面に遮られてタバサ達が見ることは叶わない。 『時間がねぇ!タバサ、一気に片付けるぞ!』 「わかった」 「――いや、君達は下がっていてくれ」 静かな口調でそう言って、しかし敵の姿から一瞬たりとも目を離さぬまま、ツェペリが一歩前に出る。 「ここは私に任せてくれ。いや……この敵は私一人で戦わせて欲しいのだ」 『んなっ…!?ど、どういうことだよツェペリさんよぉ!?今は時間が……』 「頼む。デルフ君」 今までに聞いた事の無い程の真剣な態度で、ツェペリはデルフリンガーにそう懇願する。 「……ツェペリさん」 そんなツェペリの態度を受けて、タバサも神妙な表情を作りながら彼の顔を見据えながら言う。 「その人は、もしかして……」 「ああ。間違いない」 「………わかった」 『な!?タバサ!?』 それだけで充分だった。 そして未だに納得のいかない様子のデルフリンガーの言葉を打ち消すように、タバサは軽く首を振る。 「あの人の…好きにさせてあげて」 『いや、だけどよぉ…』 「私からも、お願い」 『……………』 どこか悲しげな表情を作ってそう言って来るタバサの顔を暫く見つめた後、やがてデルフリンガーは根負けしたようにふぅ、と深く嘆息してから、言葉を続ける。 『……わかったよ。アンタ達がそうしたいなら、そうすりゃいいさ。 だがツェペリさんよ、そこまで言った以上は必ず勝てよ。船が沈むよりも早くだ。わかったな?』 「……ありがとう。すまないな、二人共」 タバサとデルフリンガーに向けて感謝の言葉を口にしてから、ツェペリは再び目の前の石仮面の男へと向き直る。 「まさかとは思ったが…!本当に……本当にこの船に貴様がいるとはなッ…! これもまたこの大迷宮の意志なのか……こんな運命を、迎えることになろうとはッ……!」 「KUAAAAAAAAーーーッ!!」 唇を噛み締めながらそう呻くツェペリの声など意にも介さずに、石仮面の男は咆哮を上げて飛び掛って来る。 「コォォォォォ…!」 波紋法の呼吸を整えながら、ツェペリは石仮面の男が振り下ろして来た右腕を回避し、すれ違い様に波紋を流し込むべく石仮面の男の腕に自分の両の掌を触れさせる。 「波紋疾……――ッ!?」 今まさに波紋を流し込まんとする瞬間、ツェペリは体内で練り上げた生命エネルギーの流出が止まるのを感じていた。腕が凍っている。ツェペリに触れられた瞬間、石仮面の男は逆に自分の腕に含まれていた水分を一瞬で気化させ、その影響で周囲の熱を奪って自分に触れるツェペリの手をも凍らせたのだ。 皮膚の下に走る血管に至るまでを完全に凍らされてしまえば、その場所にまでは生命エネルギーが流れず、従ってそこから波紋を流すことも出来ない。 これぞ気化冷凍法。 かつてこれと全く同じ技を、吸血鬼ディオ・ブランドーからその身に受けたことをツェペリは改めて思い出していた。 「くッ……!」 ここまでこの人物が“吸血鬼の肉体”に馴染んでいるとは! 様々な要因からツェペリは痛恨の表情を浮かべつつ、石仮面の男から自分の両手を何とか引き離そうとするが、石仮面の男の右腕ごと凍らされてしまっているツェペリの手は中々動こうとはしない。 「UOOOOOOOM…!」 そのまま、石仮面の男は自由に動く左腕を振り上げ、ツェペリの体を引き裂こうとする。 だがその時、突然飛んで来た銀色に輝くDISCが、石仮面の男の凍り付いた右腕へと突き刺さる。 その刹那、急激に凍結した部分の温度が上昇し、それを伝わってツェペリの両手の拘束までもが解放されていく。 「むう……ッ!」 その一瞬の隙を突いて、ツェペリは石仮面の右腕から一気に両手を引き離し、一旦距離を置く為に後ろに向かって跳躍する。見れば、先程から彼の戦いを静観していた筈のタバサがDISCを投げた姿勢のまま、厳しい瞳でこちらの姿を見返して来ている。 ツェペリの両手を拘束していたのは、気化冷凍法によって氷と化した空気中やツェペリ自身の体内に含まれていた水分。そして彼女が「水を熱湯にするDISC」を投げることで、石仮面の男の右腕を覆う 水分が常温以上の温度へと変わり、それがそのまま伝わってツェペリの両手を覆う氷をも溶かしたのだ。 「一人で戦うのはいい……でも、あなたが危機ならそれを見過ごす訳にはいかない」 静かに、しかし怒りにも似たその感情を隠そうともしないまま、タバサはツェペリに向けて言った。 あなたは仲間だから、と続けて呟いた後、彼女は少しだけその表情を緩める。 「……手を出したりして、ごめんなさい」 「いや……おかげで助かったよ。礼を言う」 素直に感謝の言葉を述べて、ツェペリは再び石仮面の男に向き直る。 タバサのおかげで両手を覆う拘束も解け、再び血液が循環を始めて少しずつ温度を取り戻していくのが実感出来る。 だが、この傷付いた両手で再び波紋を流せるようになるまでは、もう暫くの時間がかかるだろう。 そして、依然として石仮面の男は無傷のままだ。 今ツェペリ達が立っている船が完全に崩壊するまでの時間も、そう長いものでは無い筈。 こんな状況で一人で戦うなどと言い出したのは、只のツェペリ自身の我儘と拘りに過ぎない。 だが――それでも目の前に立つこの男だけは、自分の手で倒さねばならない相手なのだ! そして、自分のそんな我儘に、これ以上タバサ達を巻き込む訳にはいかない。 ツェペリは一気に勝負を決めるべく、再び天井近くまで跳躍。 手が使えないならば、脚を使うまで。 スクリュー状に自らの肉体を回転させ、勢いを増したまま一気に石仮面の男に向けて肉薄する。 「波紋乱渦疾走(トルネーディオーバードライブ)!!」 石仮面の男が空中を飛翔し、その蹴りに波紋ネルギーを乗せて迫るツェペリの姿を見上げる。 波紋による攻撃と、当たる面積を最小にしての波紋防御。 ツェペリの親友ダイアーの得意とする「稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック)」と同様に、 攻撃がそのまま防御へと繋がる文字通り攻防一体の必殺技だった。 気化冷凍法は脅威だったが、その射程は石仮面の男自ら触れねば効果が及ばぬ短い距離の筈だ。 それはツェペリの至近距離に接近していながらも、彼の両手しか凍らせることが出来なかったことから明白。 そして波紋と共に攻撃を繰り出せば、石仮面の男にそれを防ぐ手立ては無い! 「MUUUUUUU!」 だが、石仮面の男を始めとする吸血鬼には、ツェペリが知らない能力がまだ一つだけあった。 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)。 それはかつてディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターの命を奪い、また自らの欲望に殉じて吸血鬼と化して朽ち果てていったツェペリの同門である戦士、ストレイツォによって名付けられた技だった。 そして今、石仮面の奥に隠された瞳から、超圧縮されて放たれた吸血鬼の体液が、空中から迫るツェペリの体に突き刺さり、そのまま彼の喉元を貫いて行った。 必殺の気迫で以って放たれた一撃を届けられぬぬまま、宙を浮くツェペリの体が地面へと叩き付けられる。 それと共に、吸血鬼が身に着けていた石仮面の一部が、体液を撃ち込んだ際の衝撃で砕かれてゴトリと床へと転がった。 仮面の外れた吸血鬼の顔は、他ならぬ地面に倒れ伏すツェペリの顔にそっくりだった。 「あ……あぁっ…!?」 それらの一部始終を見ていたタバサが、目を驚愕に見開いて呆然とした声を上げる。 『おでれーた…!だがツェペリのおっさんと石仮面……そしてこの野郎のツラ!全てが繋がったぜ…!』 タバサの身に付けたベルトに差し込まれているデルフリンガーが、歯噛みしながら呻く。 彼の言葉通り、石仮面の男を初めて見た時の疑惑は、その素顔を晒すことでついに確信へと変わったのだ。 かつてツェペリが語った石仮面の神話。彼が波紋を習得するそもそものきっかけ。 吸血鬼を生み出す力を生み出す石仮面を発見し、それを船に積み込んだ発掘隊の隊長が偶然にもその力を解き放ったことで、人間の世界に吸血鬼の存在が知られるようになった。 そしてその時に吸血鬼として生まれ変わった発掘隊の隊長こそ、ウィル・A・ツェペリの父親だった。 そして今、ツェペリ親子はこの世界が生み出す“記録”なって蘇り、再会を果たしてしまったのだ。 父のような悲劇を生まぬ為に波紋法を体得した息子を、他ならぬその父が殺すという運命を迎えて。 『チ……ィッ…!こんな運命…残酷すぎらぁーね…!』 「…………っ!!」 その双眸に怒りと憎しみを湛えて、タバサは吸血鬼に向けて装備DISCのスタンドを展開する。 許さない。例え相手が誰であったとしても。それがツェペリの愛する父親だったとしても。 この男は、自分の母とは違う。 心を深く傷つけられ、正気を失ってもなお娘を――この自分を守ろうとしてくれている、あの人とは違う。 大切な家族の命を奪おうとする者を、許しておくことなど出来はしない。 冷徹な「意志」にまで高められた殺意を抱いて、タバサは吸血鬼に向けて駆け出して行く。 彼女の殺意を感じ取った吸血鬼もまた、地面に倒れ伏すツェペリから興味を失ったように顔を向ける。 「…………ま……て……!」 喉を撃ち抜かれて、文字通り息も絶え絶えのツェペリが地面を這いずりながら、完全に怪物と化した己の父親の足首を掴んだ。 「貴様の相手は、私だ………貴方は…この私と共に…再び、この世界で…滅び去るのだ…」 既に波紋法の呼吸すら維持出来ぬ程に深く傷付いたツェペリに再び視線を向けて、彼の父親はもう相手が誰なのかも忘れ去ってしまったかのように、自分の息子に止めを刺すべく左腕を高く掲げる。 「WRYYYYYYYYYY!!」 後一度でいい。後一度だけ、波紋法の呼吸が出来ればいい。 既に気化冷凍法によって凍らされた両手には、波紋を流せるだけの血液が循環している。 ツェペリは自分の体に残された生命エネルギーを一点に掻き集めながら、その一度の為に呼吸を練っていく。 「父よ………これが私の……あれからの日々を送って来た……貴方の息子の……全てです……!」 殺意を込めて振るわれる父の左腕をその目に見ながら、ツェペリは自らの生命エネルギー全てを乗せて、かつて自分の目の前で太陽に包まれて死んで行った父に向かって、最後の波紋を解き放つ。 「深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)――!!」 ツェペリの体に父親の腕が突き刺さると共に、彼の集めた生命エネルギー全てが波紋となって吸血鬼と化した父親の体内へと流れ込んで行く。 息子の全てを受け止めて、その生命エネルギーを全身に行き渡らせた吸血鬼は、石仮面の魔力によって得た人間を超越する肉体を崩して行き、やがて完全に消滅する。 「…………!!」 タバサは急いで、地面に倒れ伏したツェペリの許へと向かう。 早く彼を助けなければ。今、自分が装備しているクレイジー・Dならば、どんな怪我でも治すことが出来る。 これ以上、目の前で大切な人がいなくなるのはもう嫌だ。 どうか間に合って。ただそれだけを願いながら、タバサは身を屈めてツェペリの体に手を伸ばす。 だが、彼女がツェペリの体に触れようとした瞬間、全ての生命エネルギーを失った彼の体が消滅した。 この世界で生まれた“記録”が命尽きる時に迎える、「死」の運命だった。 「そ……そんな……っ」 震える声で呟くタバサが、全身の力を失ってその場に膝を付いた。 どれだけ地面に手を伸ばした所で、ツェペリの姿は何処にも無い。 彼はたった今、タバサ達の目の前で、生命エネルギーの全てを使い果たして消滅してしまったのだから。 『ふ…ふざけんなよ……!呆気なさ過ぎるだろ……!?なあ、おい、ツェペリさんよぉ…!』 苦渋に満ちたデルフリンガーの慟哭にも、応える者は誰もいない。 今にも崩れ落ちそうな機関室の中では、それでも動きを止めようとしない機械の音だけが響いているだけだ。 「あ……あぁっ……あぁ…あ…」 また、いなくなってしまった。 自分の目の前で大切な人が逝ってしまうのを、またしてもタバサは見ているしか出来なかった。 愛する両親から名付けられたシャルロットの名前を捨て去って、今のタバサという「人形」の名前を名乗ることを決意してから、自分は二度と悲しいと言う気持ちを感じることは無いだろうと思っていた。 自分には、シャルロットから全てを奪った者達に復讐を果たさねばならないと言う使命がある。 だから全てが終わるまでは、他の全ての感情と一緒に、悲しいと思う気持ちも封印したつもりだった。 今では、それが再び大切な誰かを失うことに対しての恐れであり、自分の臆病から来る強がりに過ぎなかったのだということを、タバサははっきりと自覚していた。 悲しみは、背負って歩くには重過ぎる。 悲しみを沢山抱えれば、きっと自分はそれに押し潰されてしまうと思ったから。 だけど、大切な人の存在は、そんなものに負けないくらいの力をタバサに与えてくれる。 例え深い絶望の淵に追い込まれても、その人達がいてくれるならば、再び立ち上がることだって出来る。 人は一人では生きられない。自分はもう、一人では戦えない。だが、それでいいのだ。 孤独な者の強さは、いつかより強い力に直面した時、支えを失って脆くも崩れ去ってしまうものだから。 そして、だからこそ、大切な人を失った時の悲しみは、何よりも自分の心を深く抉り取って行くのだ。 わかっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。 それでも、実際にその瞬間に直面してしまった今、タバサの胸を耐えられない程の痛みが襲っていた。 「――タバサ」 ふと、顔を見上げる。その時タバサははっきりと見ていた。天に昇って行こうとするツェペリの魂を。 その姿は、かつて自分を救う為に、その命を捧げてくれたエコーズAct.3とまったく同じだった。 「すまない。私はこれ以上、君と共に戦うことは出来ないようだ。 だが、ありがとう……私の我儘を聞き届けてくれて。 かつて怪物と化し、そして今またその姿のまま蘇った父に、今度は私の手で引導を渡すことが出来た…… フフフ、何とも奇妙な運命だな……これで、せめて父が安らかな眠りに付いてくれれば良いのだが」 心の奥底から湧き上がる深い感慨を声に含めながら、ツェペリの魂がそう呟いた。 タバサにはそんな彼の気持ちが良くわかる。 どれほど変わり果てた姿になってしまったとしても、愛する親を救いたい。 例えその為に、目の前に残酷な運命が待ち受けていたとしても、決して悔いることは無いのだろう。 ああ。この人と自分は同じなのだ。 だがそのことに気付いた時には、彼はもう自分の目の前で逝ってしまった後だった。 タバサの顔が悲しみに歪む。 それが今のタバサが心に抱いている気持ちを、素直に表現した結果だった。 「……そんな顔をするんじゃない。君にはまだ、果たさねばならぬ使命があるのだろう? ここで立ち止まってはいかん。このレクイエムの大迷宮を統べる存在が、君のことを待っている。 戦いの思考を忘れるな。勇気を奮い立たせ、正義の道を歩いて行け。 そうすれば、何も恐れることは無い」 「わかってる……だけど…だけどっ……!」 「私の為に泣いてくれる、か……こんなことを言うのも何だが、嬉しいものだな。 だが、今は涙を拭わねばならない時なのだ。君のその気持ちは確かに私に伝わっている。 それだけで私には充分なのだよ。幸福とはこういうことだ……。 一度死んだにも関わらず、再び君のような仲間に出会えたことを、私は誇りに思うよ」 そのままツェペリは少し視線を横にやって、タバサの持つデルフリンガーの姿を見る。 「デルフ君、どうかタバサのことを宜しく頼む。 そして君が彼女と共に、君の言う相棒の元に帰れることを、私は信じている」 『……ああ。任せとけよ、ウィル・A・ツェペリ男爵』 「お願いするよ、戦士デルフリンガー」 これで最後だ。今まで辛うじて保たれていたツェペリの魂が、急速に形を失って霧散して行く。 「ツェペリ……さん…!」 「さらばだ、二人共。君達の進むべき正義の道に、希望の光があらんことを」 そしてタバサとデルフリンガーが見ている前で、ウィル・A・ツェペリの魂は天へと還り、その姿を消した。 彼女達はその姿を、ただじっと、いつまでも見ていることしか出来なかった。 『…………タバサ』 長い沈黙の果てに、デルフリンガーが静かに口を開く。 船を襲う震動は更に勢いを増しており、最早いつ崩壊するとも知れぬ状態にあった。 「……何も…言わないで」 体の奥から搾り出すように、タバサが掠れた声でそう言った。 「今は…何も………言わないで……」 『ああ……わかったよ』 それきり、デルフリンガーは口を紡ぐ。 後に残る音は、機械の駆動音と崩れ去ろうとする船の震動だけだった。 「………涙が……止まらない……」 やがてタバサは、ゆっくりと次の階層へと繋がる階段に向けて歩いて行く。 胸が痛い。心が悲鳴を上げている。視界がぼやけて、目の前の一歩を踏み出すことすら危うい。 だけど決してタバサは歩みを止めなかった。 そして、彼女が階段を降りきった時、スタンドで作られたその船は完全に崩壊して跡形もなく消え去って行った。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…… 第8話 その3 戻る
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タバサ
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タバサ
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タバサ (Lv9) 職業:魔法使い 説明 おそらくトリスティンの魔法使い、新しい勇者(龍咲海)の召還に成功する。勇者の召還に成功した事から王家の血を引いてて処女は確定なはず 勇者を召還した理由は世界平和でなく、父の仇のキング・ブラッドレイを倒し復讐する事 他の猪突猛進キャラとは違い現実は見えている様子、龍咲海と共にまずはLv10まで鍛えるようだ。でもこのインフレ世界でLv10じゃスザク以下・・・ 新しい勇者はハズレかもしれないと思っている
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~レクイエムの大迷宮 地下6階~ 「エコーズAct.1のDISC……」 文字を書き込むことで、書き込まれた文字そのままの「音」を発すると言うスタンドの能力を発動させ、タバサは床に擬音を表わす言葉を次々と刻み込む。 この世界でタバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3が進化する前の姿。 それが、たった今彼女が発動させているエコーズAct.1だと言う。 今ここにいる世界が“時間”と言う感覚その物が存在しないような場所であるせいか、この世界に来たばかりの頃に出会ったエコーズAct.3の記憶も、もう随分と懐かしい物のように感じる。 だが、自分はあのエコーズAct.3のことを決して忘れないだろうとタバサは思う。 今ここで自分が戦っていられるのは、エコーズAct.3が己を犠牲にしてまで、自分の為に道を開いてくれたからだ。そして今、エコーズAct.3と深く繋がった存在であるエコーズAct.1までもが、今こうして自分の為に力を貸してくれていることに、タバサは言葉に表わせない深い感慨を覚えていた。 「…………Act.3」 『タバサ急げ!すぐにヤツが追い掛けてくっぞ!』 「! …わかってる」 腰のベルトに指したデルフリンガーの言葉に現実に引き戻され、床にエコーズAct.1の文字を仕掛け終わったタバサは大急ぎで、先程逃げて来た場所とは逆の方向―― 即ち現在のタバサから見て真正面の方向に向かって疾走する。 『――何処へ行こうと逃すものか!我がハイウェイスターのスピードは時速60km! お前がこのフロアー内にいる限り、その追跡からは決して逃れられないのだーッ!』 ちらりと後ろを振り返って確認すると、もの凄いスピードで床を疾走する足跡がタバサ達に向かって接近して来る。だが、ハイウェイスターと名乗ったスタンドが一直線にタバサに向かって接近して来ると言うことは、敵はそう簡単に立ち止まることが出来ないということでもある筈だ。 それを見越したからこそ、タバサは先程自分の進行方向上に罠を仕掛けたのだった。 「ピ!」「ポ!」「ガチャン!」「ドゴォ!」「レロレロレロレロ」「ズキュゥゥゥン!」 やがて見込み通りに、背後から物凄い騒音が響き始めたのをタバサは確かに耳にした。 『うぬうぅおぉぉーッ!?クソッ、この音は康一のエコーズの仕業かァ!?うぐおおォォォォ!!』 そうした一連の「音」が聞こえると共に、タバサは一旦その場で足首をぐるりと半回転。 エコーズAct.1による「音」によって悶絶しているであろうハイウェイスターに向けて、タバサは先程とは全く逆の立場となって接近して行く。もう一つの人型の姿を晒してのたうち回るハイウェイスターを確認すると共に、タバサは両手を構えてDISCのスタンドを発動する。 「……エンペラー!」 幾らハイウェイスターが直接的なパワーに劣るとは言え、超高速で動き回るそのスピードは脅威だ。 敵が混乱している今の内に、距離を置いて確実に仕留めたい。 そうしたタバサの意志を正確に受け取って、彼女の意志のままに操作される銃弾型のスタンドエネルギーが、ハイウェイスター目掛けて一直線に突き進んでいく。 そして、そのまま彼女の狙い通りにエンペラーの弾丸がハイウェイスターの頭部を撃ち抜く! 転げ回っていたハイウェイスターの体が一瞬ビクリと震えて、力を失って地面へと倒れ伏す。 『クハッ……!や、やってくれたな……だがお前の「臭い」はもう覚えたッ! お前の養分を一滴も残さず吸い尽くすまで、ハイウェイスターの追跡は終わらないィィィッ!!』 頭を撃ち抜かれながらもなお勝利を確信した咆哮を上げながら、ハイウェイスターは消滅して行った。 『……フーッ。これでまた一段落、ってヤツかぁ?』 もううんざりだ、とでも言いたげにデルフリンガーが憂鬱な溜息をついた。 そして相変わらずの無表情ではあったが、今のタバサの気分もそんな彼と全く同じ物だった。 生まれ故郷であるハルケギニアに帰還するべく、レクイエムの大迷宮の最深部を目指す途中で、タバサとデルフリンガーがこの階層に足を踏み入れてまず最初に発見したのは、石造りの部屋だった。 タバサ達がこの世界に迷い込む直前までいたハルケギニアの古代遺跡によく似たその部屋の中には、今は離れ離れになってしまっている親友のキュルケや、 クラスメイトであるゼロのルイズ、青銅のギーシュ、そしてルイズの使い魔である平賀才人―― トリステイン魔法学院に通う今のタバサにとって、大切な友人達の姿があった。 「…………罠」 『ワナだよなぁ』 それを見た二人は即断した。 様々な世界の“記録”が形を成しているこの世界ならば、確かにハルケギニアで離れ離れになってしまった彼らの“記録”も何処かに存在しているかもしれない。 実際にレクイエムの大迷宮を訪れる前に、あのトリステイン魔法学院で働くメイドの少女シエスタや、魔法学院の建物それ自体の“記録”に、タバサ達は出会っている。 しかし彼女らの前に広がっているその光景は、あまりにもあからさま過ぎた。 誰かが自分達に幻覚を見せて、罠に誘い込もうという魂胆は明白だった。 最初はタバサ達も、多少名残惜しい気はした物の、無視して先へと進むつもりでいた。 ――だが、出来なかった。 例え幻であろうとも、それが罠だとわかっていたとしても。 タバサの掛け替えの無い人達が何者かに襲われ、傷付けられようとしている姿を見てしまったら。 万が一にでも、それが罠では無いという可能性があるのだとしたら。 タバサは“彼ら”を助けに行かない訳にはいかなかったのだ。 結果として、タバサとデルフリンガーはその幻覚の罠を仕込んだスタンド「ハイウェイスター」と、その部屋で共に待ち受けていた鋼鉄製の車型のスタンド「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」 に部屋の中へと誘い込まれて窮地に陥る羽目になった。辛うじて、一枚だけ保持していた瞬間移動の発動効果を持つペットショップのDISCによって、階層内の別の部屋へと逃れることは出来たが。 しかしハイウェイスターが持つ「相手の臭いを覚えて、高速で自動追跡出来る」と言うもう一つの能力によって、タバサが何処に逃げようとしても、ハイウェイスターは執念深く階層内を逃げ回る彼女を追い掛け続けて来た。 そしてハイウェイスターは、本体から距離が離れていても力を発揮出来る「自動追尾型」のスタンド。 例外こそあれど、そうした自動追尾型のスタンドは精密動作性を犠牲にする代わりに、どれだけダメージを受けたとしても、本体であるスタンド使いとは受けたダメージを共有しない場合も多々ある。 ハイウェイスターもそうした本体とダメージを共有しないタイプのスタンドだった。 先程からタバサも隙を突いては攻撃を加えているのだが、何度撃退してもその度にまた“新しい”ハイウェイスターが、一度覚えたタバサの「臭い」を嗅ぎ付けて、彼女の体から全ての養分を吸い尽くそうとして襲い掛かって来る。 この階層に辿り着いてからと言うもの、そんなイタチごっこの繰り返しだ。 こんなジリ貧の状態が続けば、いつかタバサは養分を吸われてカラカラのミイラになってしまうだろう。 ハイウェイスターだらけの部屋、まさに「ハイウェイスター・ハウス」とでも言った所だろうか。 不幸中の幸いと言うべきか、ハイウェイスターと共にタバサを罠に掛けた運命の車輪の方はハイウェイスターと違ってタバサの位置を直接は感知できないらしく、まだ再会してはいなかったが。 『さーて。マジでこれからどーするよ、タバサ』 「……本体を、叩かないと」 『ま、そうなるわな、やっぱ』 ハイウェイスターの本体であるスタンド使いは必ずこの階層の何処かにいる筈だ。 それを叩かない限り、ハイウェイスターは何処までもタバサを追跡して来るだろう。 デルフリンガーの問いも、それを改めて確認する為の形式的な物だ。 では、具体的にどうすれば良いか?タバサ達はその為のアイデアに、まだ至っていなかった。 『だとしてもなァ。何とかして本体のヤローを見つけねーと話にならねーんだよな』 「それは多分…平気」 そこで少し曖昧な口調になってから、タバサはぽつりと口を開いた。 「心当たりは、ある」 『なんだってぇ!?アンタ、アイツの本体が何処にいんのかわかるのか!?』 「多分。でも確証は無い」 『それでも予想だけなら付いてんだろ?まったく、スゲーおでれーたぜ、オレはよ』 感心するデルフリンガーを余所に、タバサはいつもの無表情で思案を巡らせる。 確証が無いとは言った物の、スタンド使いの居場所はまず自分の推測に間違いは無いはず。 ならば、後は如何にしてハイウェイスターと接触せずに本体まで近付けるかどうか、だ。 『それでタバサ、ヤツの本体は何処にいるんだ?生憎とオレにゃあ全然思いつかねーぜ……』 「……すぐにわかると思う。だから」 タバサは銀色に輝く一枚の発動用DISCを取り出しつつ、もう片方の手で腰に挿したデルフリンガーの刀身を引き抜く。そして一旦デルフリンガーの柄を逆手に持ち替えて、一見しただけでは、まるで朽ち果てる寸前のボロボロの状態に見える彼の刀身を地面に滑らせる。 『ン……?おい、タバサ?』 「あなたに、目になって欲しい」 そのままタバサは、銀色のDISCを頭に差し込んで、そこに刻み込まれている能力を発動させた。 『悪には悪の救世主が必要なんだよ、フフフフ…』 「う……っ……!」 その刹那、タバサの視界が深い闇へと覆われる。何一つ見えない完全な黒の世界。 だが、逆に鋭敏に研ぎ澄まされた聴力が、階層内のあらゆる“もの”の動きを彼女に知らせる。 再び行動し始めたハイウェイスターも、そして未だに出くわしていない運命の車輪の存在も、今のタバサには文字通り手に取るように感知出来ている。 『タバサ…!お前さん――ひょっとして“目を潰した”のかよ!?』 「うん。これで、本体の場所がわかる」 視力と引き換えに敵の動きを感知する「ンドゥールのDISC」の為に、一時的にではあるが瞳から完全に光を奪われたタバサは、片手に握り締めたデルフリンガーを杖代わりに地面に突き立てて、目的の場所に向かって歩き出す。 『なあ、タバサ』 前が見えていない為に、危なげな足取りで歩くタバサに向けて、デルフリンガーは言う。 『オレ、最初にお前さんと会ってから結構経つけどよお。なんつうか、この世界に来るまで お前さんがここまでガッツのある奴だったなんて、マジで思いもしなかったぜ……』 「……生きる為」 『あん?』 「生きる為なら、当たり前」 手に握り締めたデルフリンガーを頼りに歩くタバサは、いつも通りの無感情な声で呟く。 「だから、あなたの力を貸して欲しい」 それは、本心からのタバサの言葉だった。メイジとして魔法を使う為の杖を失ってしまった以上、元の世界にいた頃のように、自分一人の力では戦えない。スタンドのDISCだけでは無い、今もこうして自分の側にいてくれるデルフリンガーの存在が、今のタバサには必要なのだ。 『……わーったよ。そこまで言われちゃ、オレも男だ!ここで断ったらオレの男がすたるってもんだ。 ああタバサ、出口はもうちょい右だぜ。大体2メイルちょい……よし、そこだ』 「……ありがとう」 『いいってコトよ。その代わり、ヤツらをぶっ倒す作戦はお前さんに任せるからな』 「うん。最初から、そのつもり」 デルフリンガーと共にハルケギニアに帰って、皆と再会する為にも、ここで死ぬ訳にはいかない。 タバサは手の中のデルフリンガーをより強く握り締めながら、目の前に広がる闇の中を歩いて行く。 「ム…!?ほっほ~う、ハイウェイスターの野郎より先に俺を潰しに来たのかァ? だがスタンドのパワーは奴よりも、俺のスタンド「運命の車輪」の方が上なんだぜェ~…?」 部屋の中で運命の車輪、その運転席でスタンドを操作しているスタンド使いが高笑いを上げる。 タバサはンドゥールのDISCによる盲目の中、高速で移動して来るハイウェイスターの動きを 「音」で感知しながら、その接触をデルフリンガーのアシストによって出来る限り回避することで、ようやくハイウェイスターに出会うことなくこの場所まで辿り着いていた。 『…なあタバサ。先にコイツを倒そうってのはわかるけどよぉ、あの足跡野郎の方はいいのかよ?』 どこか不安げな口調で、デルフリンガーがタバサに向けて聞いて来る。 『コイツだってそう弱い相手じゃねーだろうし、急いで倒さねーと後ろから足跡野郎に挟まれちまうぜ?』 「……何とかする」 いつも通りの口調で、タバサは言う。 『何とか、ねえ……まあ構わねえけどよ。ヤバくなったら遠慮なくオレを使ってくれよ?』 「そうする」 既にンドゥールDISCの発動効果が切れて、元の視力を取り戻しているタバサは運命の車輪の姿を見据えながらも、デルフリンガーの言葉にこくりと頷いた。 「ククク…作戦会議は終わったらしいな?それじゃあ、逆にテメエの体をヒキガエルみてーにペシャンコに潰しちまうぜェ!ウヒッホァ!」 言うが早いか、運命の車輪がアクセルを吹かしてその車体をタバサに叩き付けるべく突っ込んで来る。 本体の意志がそのまま具現化したような運命の車輪の姿は、攻撃的かつ獰猛だ。 まともに激突すれば、小柄なタバサの体など間違いなくグシャグシャに潰れてしまうだろう。 そんな訳にはいかない。タバサは真横に跳躍し、運命の車輪の走行軌道を回避。 そのまま、新たに手に入れた装備DISCのスタンドを攻撃の為に展開する。 「クレイジー・ダイヤモンド…!」 ドラララララララァッ!! スタンドの拳による超高速のラッシュが、運命の車輪の側面に叩き込まれる。 あわよくば運転席を剥き出しにして、中のスタンド使いに直接攻撃出来れば―― だが、そんなタバサの淡い期待が通じる程、運命の車輪も甘い相手では無い。 クレイジー・Dからのダメージを車体表面に拡散させ、“少し車の表面が薄くなった”程度に抑え込む。 「ヒャホアハァ!力押しでもしようってのか?パワーなら負けねェってさっき言ったばかりだろォが!」 狭い室内で強引に方向を変えながら、再びタバサに向けて運命の車輪が爆走を始める。 もう一度タバサは横に避けようとして、両脚に力を込める。だが、その瞬間。 「…………ぅッ!?」 突然、右足に鋭い痛みが走る。 運命の車輪の突進自体は辛うじて避けられた物の、今のダメージによって跳躍の為の脚への負荷が中途半端になってしまった為に、タバサは体勢を崩して床に転がり込んでしまう。 『タバサ!?』 「うぅっ……フー・ファイターズ……!」 大急ぎで射撃DISCの発動効果によって傷口にプランクトンを詰め込み、応急処置。 何とか立ち上がれるようになったタバサの前には、既に運命の車輪が三度目の突進を仕掛けるべく、圧倒的な鋼鉄の質量から生じるその凶悪で車体をタバサの方向へと向けている。 「ククク…一体何をされたのかわからない、ってツラをしてるなァ?」 「…………っ」 「ウヒャホァ!俺の攻撃の謎はすぐ見えるさ!貴様がくたばる寸前にだけどなァ!」 運命の車輪の表面が輝いたと思った瞬間、タバサの体に再び何かに貫かれるような衝撃が走った。 「あう…っ!」 『クソッ!ヤツの攻撃が見えねェ!一体何を撃って来やがったんだ!?』 「…………油」 『何ィ!?』 「油を…ぶつけて来た……」 タバサが受けた傷跡から、鼻を突き刺すような独特の刺激臭が漂って来る。 更に良く見れば、傷口を中心として、彼女の服にキラキラと輝く粘り気のある液体が染み付いていた。 「冷静に気付くとはおたくシブいねぇ~。そぉうッ!貴様の言う通り、そいつは確かにガソリンさ!」 タバサも聞いたことのある言葉だった。 トリステイン魔法学院の教師コルベールが名付けた「竜の血」という物質。 異世界より現れたと伝えられる空駆ける鉄の乗り物、竜の羽衣を動かす為の燃料のことを、同じく別の世界からやって来た青年、平賀才人が“ガソリン”と呼んでいたのを、タバサは覚えていた。 ――やはりスタンド使い達は平賀才人と同じ世界の住人なのだ! 今までの疑惑が改めて確信へと変わったことを、タバサは今はっきり自覚していた。 そして同時に思い出す。 竜の血、いやガソリンは乗り物を動かす為にそれ自体を燃やして使うのだと言う。 先程の攻撃の正体は、運命の車輪の燃料として積み込まれたガソリンを超圧縮して、弾丸として高速で撃ち出して来た物だった。 そして今、弾丸として撃ち込まれたガソリンは再び液体に戻って、タバサの身体にくまなく染み付いている。 「そして!この運命の車輪のガソリン弾を食らった貴様はッ!」 運命の車輪の言葉が終わる前に、突然タバサは背後から何者かに体を掴まれ、身動きが取れなくなる。 「…………っ!?」 『もう絶対に助からないって訳だぜ……!』 後ろを振り向けば、先程からタバサを追跡し続けて来たハイウェイスターが、 背後からのしかかるようにして彼女の身体をガッチリと捕らえていた。 『このままテメェの養分をカラカラになるまで吸い取ってもいいんだがよォ~…… のんびりしてるとまたどんな反撃食らうかわかんねぇからなぁ~? 吸える分だけ吸ってから、後は確実に決めさせてもらうぜェ?なあ、ズィー・ズィーの旦那ァ?』 「う……あぅ……っ!」 そう言ってタバサの体内の養分を吸いながら、ハイウェイスターはタバサの体を固定したまま離さない。 「クククッ……離すなよハイウェイスター!例えテメーが燃え尽きちまったとしてもよォ!」 『ああ、いいぜ?俺は自動追尾型のスタンドだからなァ、どんだけダメージを食らっちまったとしても本体にはなーんにも影響が無いからな…また新しいハイウェイスターを出せばいいだけだもんなァ!』 そして運命の車輪の中から、バチバチと火花を散らした電線がタバサに向けて近付いて来る。 『マジでヤバいぞッ!タバサ、何か手はねぇのかよ!?』 「…………っ!」 「逃れる手段などあるものかァ!この運命の車輪とハイウェイスターのコンビは無敵だ! 電気系統でスパークして俺の気分がハイ!ってヤツになるまでコゲちまいなァァァァッ!!」 そしてハイウェイスターに組み敷かれたタバサに電線が絡み付き、服に染み付いたガソリンと化学反応を起こして盛大な炎を上げて燃え上がる。 その中心にいたタバサは、彼女の体を拘束し続けるハイウェイスター諸共に炎へと包まれて行く。 「ううあぁぁぁぁ……っ!ああぁっ……!!」 「ヒャホハァハハハハハハーッ!!勝った!第六話、完ッ!!」 運命の車輪の本体、ズィー・ズィーは運転席から異様に筋肉で盛り上がった腕を突き出し、そして目の前で炎の柱に包まれるタバサに向けて勝利を宣言する。その瞬間―― 「うぬッ!?」 運命の車輪の車体を貫通して、小さな何かが運転席の中のズィー・ズィーの頬を掠めて飛んで来る。 良く見ると、カブト虫のような物体がそのまま運転席の中をフラフラと飛んで行き、やがて消滅した。 「タワーオブグレイだとォ?チッ、つまらねェ抵抗をしやがって」 かつての仲間の一人が操っていたスタンドの姿を確認して、ズィー・ズィーは舌打ちする。 確かに「灰の塔(タワーオブグレイ)」も、小さいながらに中々の破壊力とスピード、そして精密動作性を持っており、奇襲などの戦法で運用すれば恐ろしい効果を発揮することは間違いない。 だが、真正面から撃って来て運転席のズィー・ズィーを倒せる程、都合の良い威力を持つ訳でも無い。 「クククッ……しかしあの小娘、後何秒で黒コゲになるかねぇ~?ちょっと賭けてみるか?ウヒャホハハ」 陰湿な笑みを浮かべながら、ズィー・ズィーはハイウェイスターごと燃えるタバサの姿を見やる。 「ン?」 と、そこでズィー・ズィーは自分の膝の上に何か異物が転がっているのを発見した。 「なんだ…サイコロ…?なんでこんなモンがこんな所に……」 ズィー・ズィーは膝の上にあった正六面体の物体を拾い上げて、まじまじと見やる。 そして、サイコロからチロチロと赤いモノが見えたと同時に、それは運命の車輪の中に一気に広がってズィー・ズィーに向かって覆い被さって来た。 肌が削り取られ、灰の中の空気までが一瞬にしてカラカラになっていくような、そんな恐ろしく鈍い刺激が、紅く燃え上がる炎と共に運命の車輪の運転席に充満して行く。 「何ィィィィーッ!?」 ズィー・ズィーが手にしたサイコロは、既に元の形を取り戻して運転席の中に炎を撒き散らしていた。 それは、先程までタバサの着込んでいた黒いマントだった。 運命の車輪の火花によって全身を燃やされる直前、タバサはハイウェイスターに組み敷かれたままで自分の姿を自在に変えられる「ミキタカのDISC」を発動させ、運命の車輪のガソリンをたっぷり吸って火の付き始めたマントだけをサイコロに変えた。そしてサイコロに変えたマントを撃ち出したタワーオブグレイに持たせて、運命の車輪の中に送り込んで来た。 タワーオブグレイは攻撃の為に撃ち込まれたのではない、ただの運搬役に過ぎなかったのだ。 「うぉわぁぁァァァ!?クソッ、あの小娘ェェェ!! だッ、だがッ!奴とて炎に包まれてるのは同じこと!火ダルマになる運命は変わらな――」 それでも自身の勝利を疑わずにタバサの方を見たズィー・ズィーは、そこでついに言葉を失う。 『――ふぃ~!まったく、今度ばかりは死んだかと思ったぜェ~……』 こりゃ参った、とばかりにデルフリンガーが心から安心したように声を上げる。 そして地面に崩れ落ちて燃え落ちる寸前のハイウェイスターを後ろに、全身に炎の残り香を巻き付けながらも、デルフリンガーを腰に挿したタバサが今、確かにその場へと立っていた。 そのままタバサははっきりとした足取りで、運命の車輪を目指して力強く一歩一歩を踏み出して来る。 「バ、バカなァ!?俺は確かにヤツにブチ込んだガソリン弾に引火させたはず! それなのにどうしてアイツは黒コゲにならないんだァーッ!?」 激しく動揺するズィー・ズィーには何も答えず、タバサはまた一歩運命の車輪へと近付いて行く。 そしてタバサの体から、小さくなった炎と共に何かの塊がボトリと落ちて来た。 「イ……イエロー……テンパランスだとォォォッ!?」 タバサから落ちたモノの正体を確認して、ズィー・ズィーは全てを了解していた。 あらゆる攻撃を遮断すると共に、同時に全てを食らい尽くす強力な攻撃手段も兼ねた肉の塊を操るスタンド、「黄の節制(イエローテンパランス)」 これもまた、かつてのズィー・ズィーの仲間であったラバーソウルという男が操るスタンドだった。 タバサは全身を炎によって焼き尽くされる前に、防御用の装備DISCとして仕込んでいたその能力を発動させ、肉の塊をその身に纏うことによって炎のダメージを押さえ込むことに成功する。 そしてイエローテンパランスを纏った自分よりも先に、タバサを拘束するハイウェイスターが燃え落ちた為に、彼女はようやくその拘束から逃れることが出来たのだ。 しかし、タバサとて決して無傷と言う訳では無かった。 彼女がガリア王家一族の血統であることを証明する、その透明な泉のように美しい蒼穹の髪は炎に焼かれてその形を崩し、身に纏ったトリステイン魔法学院の制服も、ガソリンを吸い込んだが為にあちこちが焼け爛れ、袖口などには真っ黒な焦げ目がまるで傷口のように深く刻み込まれている。 彼女自身の透き通るように真っ白な肌も、炎に炙られたせいであちこちに歪んだ模様を生んでいた。 だがそんなことはお構いなしに、タバサは未だに運転席の炎が広がっている運命の車輪を目指して、無言で、しかし着実にその間合いを詰めて行く。 「うおおォォォォ!こッ、これでは運命の車輪が操縦出来ないィィィッ! なあオイッ!?今すぐハイウェイスターで何とか出来ねぇのかよォォォォ!?」 「無理だ!今のハイウェイスターはまだ完全に燃え尽きちゃいねぇ! ダメージが回復するか……もしくは一度完全に消滅させられたりしねーと、次の奴は出せねぇ! ……うおおお!炎が……もうダメだッ!俺は先に出させて貰うぜッ!!」 炎に包まれる運命の車輪――その助手席を大きく開いて、一人の男が慌てて転がり落ちてくる。 筋骨逞しい腕をしたズィー・ズィーでは無い、もっと取り分けた特徴を持たない平凡な姿の青年だった。 『おォ!?誰だこいつぁ……さっきクルマん中で見た奴とは違うぞ!?』 「本体」 『なんだと?』 「もう片方の…本体」 タバサは横目で運命の車輪から出て来た青年を見ながら、確信に満ちた声で呟いた。 そしてこの階層でハイウェイスターの生んだ幻覚の部屋に入った後の出来事を、頭の中で思い返す。 手当たり次第に階層内の小部屋に逃げ込んでは、彼女を追跡して来たハイウェイスターを迎撃する。 そんなことを繰り返して行く内に、この階層内に本体のスタンド使いが隠れられそうな場所など何処にも無いとタバサは感じていた。ましてや本体が直接スタンドを操作で追跡しているならまだしも、 ハイウェイスターは本体のスタンド使いの意志とは関係無しに動き回れる自動追跡型。 スタンドを通じて、タバサの移動を確認しながら逃げ回っているという訳でも無さそうだった。 しかし、それでもこの階層内の何処かに本体のスタンド使いがいる筈。 それらの状況を踏まえた時、タバサはある一つの結論に辿り着いた。 この階層で一番安全で、かつ見つかり難い場所――それは車型のスタンド「運命の車輪」の中だ! だからこそ、タバサは視力を失うという危険まで冒してンドゥールのDISCを使い、この階層内の敵の存在やその位置を感知しようとしたのだ。そしてンドゥールのDISCによって鋭敏に研ぎ澄まされた 聴力が、運命の車輪の中でいつ自分が倒れるのか?と言う話題で談笑する“二人の男”の会話を 捉えた時、ようやくタバサは自分の考えに対する確証を掴むことが出来た。 そして今、ついにこのハイウェイスターの本体を、目の前に引き摺り出すことに成功したのである。 『そーかそーか、こいつがあの足跡野郎の……や~っと見つけたよなァ。 散々っぱらオレ達のことを追い掛け回してくれやがって!お前さん、覚悟しやがれよ…!』 「く……!!」 頼りの綱のハイウェイスターも出せず、噴上裕也と言う名の青年は恐怖に脅えたような声を漏らす。 「……その前に」 運命の車輪まで目と鼻の位置にまで近付いたタバサは、いつも通りの無表情な声で呟く。 「こっちが先」 「ヒッ――ヒィィィィッ…!!」 炎の中で助けを求めるようなズィー・ズィーの悲鳴など耳に入らぬように、タバサは頭の中の装備DISCに宿るスタンドの力を解放し、その拳を運命の車輪へと向ける。 「クレイジー……ダイヤモンド……!!」 ドラララララララララララララァーーーーッ!!! 目にも留まらぬ速度で叩き込まれる拳のラッシュが、運命の車輪の車体にメリ込んで行く。 今や車全体にまで広がろうとしていた炎と、再生の隙を与えまいとするクレイジー・Dの猛打と言う二重の要因を受けて、それまで獰猛なパワーを発散していた運命の車輪の姿が 次々に捩れ、拉げて、まるで粉雪のようにその破片がボロボロと落ちて行く。 今、運命の車輪がその戦闘力をどんどん失われているのは、誰の目から見ても明らかだった。 「ウゲエェェェッ!つ、つぶれ……息が、出来ない……!」 炎に捲かれながらも、先程開かれた助手席のドアから必死に逃れようとするズィー・ズィー。 鍛え上げられた筋肉によって、まるで丸太のように太く盛り上がった腕とは対照的に、それ以外の部分は見るからに細身で貧弱そうな体付きをしている、非常にアンバランスな体型の男だった。 運転席から逞しい腕だけ出している姿も、今から思えばただのコケ脅しにしか見えない。 「…………!」 既に運命の車輪も、スタンドパワーによる変形も解かれて、元の小さなボロ車の姿を晒し出していたが、タバサはそんなことなど意にも介さずに、クレイジー・Dによるトドメの一撃を叩き込む! 「ブッギャアァァァァァ~~~~~~ッ!!!」 その一撃で吹っ飛ばされたズィー・ズィーはボロ車ごと壁に叩き付けられ、盛大な悲鳴を上げる。 そして、この世界が生んだ“記録”に過ぎない彼は、そのまま車ごとその姿をスッと掻き消して行く。 ズィー・ズィーと「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」、再起不能(リタイア)。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第5話 戻る
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前ページ次ページゼロの使い魔外伝‐災いのタバサ‐ 白月と赤月が浮かぶ、幻想的な夜空。 その夜空を、月光に照らされた複数の黒い影が飛んでいる。 その影はけたたましい叫び声を上げながら翼を大きく羽ばたかせ、目的地へ向かっていた。 その影の中の、80メイルをも超える巨大な個体の背中で、青く短い髪をなびかせ、少女が悠然と本を広げている。 影達の主人、シャルロット・エレーヌ・オルレアン、『雪風のタバサ』である。 タバサは本から顔をそらし、周囲を飛ぶ影に向かって一言呟く。 「うるさい」 影達はタバサの呟きを聞き、一斉に叫ぶのをやめる。 主人の機嫌を損ねてしまえば、食事を抜かれてしまうからだ。 辺りに静けさが戻り、タバサは再び本へ視線を落とす。 その本には、こう書かれている。 『超遺伝子獣』 ―― 超古代文明による遺伝子操作の結果の産物である。 単為生殖ができる、つまり単独で卵を産み、卵から産まれた個体も体長は数メイルあり、しかも仲間をも捕食してどんどん成長する。 頭はやや平たく、幅広くなり、目は目立たない。地上での活動も自由自在である。 地上を走り、翼を振り回して殴り掛かり、低く飛び上がって足の爪で攻撃をかけることもある。 また、自己進化能力があり、成長した個体は眼に遮光板の様な物を持ち、太陽光線も平気になる。 ―― タバサの使い魔達、それは異世界で『災いの影』と恐れられている超遺伝子獣、『ギャオス』であった。 タバサは、成体のギャオスをサモン・サーヴァントで異世界から召喚し、使い魔の契約を交している。 さらに、成体であるため卵が産まれ、産まれたギャオス達にも使い魔のルーンが刻まれていた。 しかも、最初に呼んだギャオスも、新たに産まれたギャオス達もタバサに異常になついており、片時も離れようとしない。 そのため、タバサはギャオス達を率いて目的地であるガリアへ向かっていた。 タバサが本を読み終わると、周りを飛ぶギャオス達が再び騒ぎ始める。 どうやら空腹になっているようだ。 「……ついたらご飯」 タバサの呟きに、ギャオス達は喜び、翼を折りたたみ弓状になると、目的地ガリアへ向かって突っ込んでいった。 ガリアの首都リュティスは、人口三十万を誇るハルケギニア最大の都市である。 その東の端に、ガリア王家の人々の暮らす巨大な宮殿、ヴェルサルテルが位置している。 そこから少し離れたプチ・トロワで、王女イザベラがあくびをしながらタバサの到着を待っていた。 「あのガーゴイルはまだ来ないの?」 「シャルロット様は――」 侍女が告げようとした瞬間、天井を破壊しながらギャオスが轟音をたて落下してくる。 イザベラと侍女達は悲鳴をあげながら慌てて逃げだした。 プチ・トロワの前庭に、無数のギャオスが降り立った。 数匹が勢い余って墜落したようだが、頑丈だから大丈夫だろう。 「お、おかえりなさいませ。シャルロット様」 タバサに敬礼する衛士がいたが、他の衛士はたしなめない。 あまりの出来事に呆然として固まっているからだ。 「この子達に食事を」 タバサは敬礼をした衛士にそういって、ギャオス達へ顔を向ける。 庭はギャオス達で埋め尽され、上空にも無数のギャオスが羽ばたきながら旋回している。 ギャオス達の食事を任せると、タバサはつかつかと建物の中へ入っていった。 前ページ次ページゼロの使い魔外伝‐災いのタバサ‐